1月20日、トランプ米新政権が発足した。トランプ氏にばかり目が向けられるが、この日はオバマ政権が終了する日でもあった。オバマ政権は、米国の歴史においてどのような意味を持つのか。オバマ大統領は何を成し遂げようとし、何を実現したのか。そして、何を成すことができなかったのか。オバマ政権を総括することで、トランプ政権を評価するものさしも見えてくる。
オバマ氏といえばコミュニケーション巧者。演説における巧みな言葉選びはもちろんのこと、2008年の初当選時にはまだ黎明期だったSNSを駆使した選挙戦略で注目を浴びた。支持者とのコミュニケーションにおいて、オバマ氏は従来の政治家と何が違っていたのか。米民主党の選挙運動チームの一員として、2008年から8年にわたって汗を流した明治大学の海野素央教授に聞いた。
(聞き手は藤村広平、一部敬称略)

海野教授は2008年から、選挙運動スタッフの一員としてオバマ研究を続けてきました。何かきっかけがあったのですか。
海野:私は異文化コミュニケーションが専門です。オバマの上院議員時代の演説を日本で見て、彼の中に非常に異文化的な要素があると考えたのです。オバマの実のお父さんはケニア出身の黒人で、お母さんは米カンザス州出身の白人。お母さんの再婚相手はインドネシア出身ですよね。私の専門からして、恰好の研究対象になると考え、所属する明治大学にサバティカル(研究のための長期休暇)をお願いしたのです。
私が米国に渡ったのは2008年4月でした。まず首都ワシントンにあるアメリカン大学の客員研究員になりました。選挙陣営に入ったのは6月。秋の大統領選に向けて、ちょうどオバマが民主党の候補者選びでヒラリー・クリントンに勝利したころでした。
コネは全くありませんでしたが「こういう者です」と選挙事務所に出向いて、仲間に加えてもらいました。いまでは信じられないことですが、当時オバマの知名度はそれほど高くありませんでした。「バラクは遠い異国の地でも知られているのか」と驚かれ、歓迎されたことが印象に残っています。

民主主義=戸別訪問
選挙スタッフの一員として戸別訪問を繰り返しました。
海野:日本で「選挙運動」と言えば、選挙カーに乗って拡声器で候補者名を連呼するのが一般的です。一方、米国で選挙運動といえばフェース・トゥ・フェースのコミュニケーションを指します。選挙スタッフが家々を訪問してインターホンを押し、支持する候補の政策・理念を説明してまわるのです。「民主主義=戸別訪問」と考えられているのです。
私はその後、オバマが再選を果たした12年の大統領選や、10年と14年の中間選挙、それから16年の大統領選ではクリントンの選挙スタッフとして、戸別訪問を経験しました。私が訪れた軒数は合計で7700軒を超えます。
米国では、主に若い世代が戸別訪問の担い手となっています。特に高校生や大学生ですね。学校では選挙運動が単位として認定される仕組みになっています。しかし、08年の大統領選では、単位のためというより「自分が歴史を作るんだ」という高い理想や志をもった若者が多く参加していたように思います。
日本では公職選挙法で戸別訪問が禁止されています。それは(投票と引き換えにお金を渡すなど)買収を防ぐためです。最近、選挙権を持つ年齢が18歳に引き下げられました。これに伴って政治教育の必要性が説かれるようになりましたが、せいぜい学校に模擬投票箱を設けて選挙体験会を開くくらい。それはそれで悪くはないですが、やはり自分で考え、自分の言葉で政策を語り、ときには意見の異なる相手の声に耳を傾けるプロセスが大切であることが分かりました。
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