今回は、労働組合・東京管理職ユニオン委員長の鈴木剛さんに、「会社はなぜ、カルトなのか」をテーマに取材を試みました。

 前々回はキモイ奴、前回はトロイ奴を取り上げました。こういう人たちが居座ることができるのは、その会社にはカルト的な側面があるからではないか、と私には思えるのです。

 この場合の「カルト」とは、次のようなものを意味します。

・世間の感覚からかけ離れた、非常識な空間に、社長を中心とした体制が出来上がっている。

・独自のルールや慣習、文化や社風などがある。その多くは、社会常識や法律などに照らして明らかに問題がある。それでも、全社員の半数以上がそれらの正当性を信じ込んでいる。

 これらを踏まえ、鈴木さんに取材を試みました。そのやりとりを紹介します。

企業などと団体交渉をするとき、カルト的な体質を感じることはありますか?

東京管理職ユニオン委員長・鈴木剛さん

鈴木:ええ、ありますね。特にワンマン経営者がいる中小企業や、大学や社会福祉法人などです。団体交渉の場に社長や理事長が現れ、自説を展開することがあります。創業時から今に至るまでのいきさつなどを延々と語ります。多くの会社では、社長や理事長などは団交の場には現れません。人事部や総務部に丸投げで、逃げてしまっているのです。

 社長や理事長などが現れる組織は、ある意味でマトモであるのかもしれません。ところが、団交の本題であるはずの、解雇や退職強要などの問題にいつまでもふれない。労働基準法をはじめ、労働法などを守ろうとする意識がきわめて希薄です。自分たちの社内や大学内にあるルールこそが最優先と言わんばかりです。

 ようやく、解雇や退職強要の話題にふれたかと思いきや、また、自説の展開になります。我々の組合員となった社員のことを「能力が低いから、辞めてもらう」「うちの文化や論理になじんでいない」などと言います。そこから先に話を進めない。「能力が低い理由」も、「組織になじんでいない」と思える根拠も提示しない。これでは、話し合いになりえない。

労働組合ユニオンが会社の前で抗議せざるを得ない背景の1つがこのあたりにありそうですね。つまり、市民感覚が通じない…。

鈴木:たしかに、世間の感覚が通じない。組織の中でしか通用しない、密室の空間があります。これが、カルトの特徴なのです。言い換えると、市民感覚とは遠くかけ離れた、独特の文化があります。

 カルトの発展期になると、社長や理事長を中心に、この文化を守ろうとする空気が浸透します。皆が、無批判に従う。我々のような労働組合が侵入しようとすると、強い拒否反応が出るのです。労組の組合員となった社員を「裏切り者」や「異分子」として扱い、徹底して排除しようとします。