縁を切ることの尊さ

 前回の記事(「キモイ奴の名刺は、シュレッダーにかけなさい!」)で取り上げたキモイ奴と、今回のトロい奴は似ています。新卒時に不本意な就職をします。周囲の編集者を否定し、自分を大きく見せるために嘘をつきまくります。

 ここで、考えたいことが2つあります。1つは、なぜ、私の前にキモイ奴やトロい奴が現れたのか。もう1つは、キモイ奴やトロい奴は今後、どう生きていくべきなのかです。

 キモイ奴やトロい奴が現れた理由でいえば、私がそのような人を引き寄せる何かを発していた可能性が高いはずです。本来、私と彼らはコンビを組んで仕事をする関係ではないのです。私のキャリアやその意味でのレベル、志向性と、この2人のそれらを比べると共通するものがないのです。

 それが何かのきっかけで、ドッキングをしたのです。トロい奴の立場でいえば、急場をしのぐために助けが欲しかった。そのときに私からメールが届いた。「渡りに船」と思ったのでしょう。私は彼が苦しんでいる姿を想像し、承諾してしまったのです。

 前回のキモイ奴でいえば、嘘をつきまくっていることを、早くから見抜いていたのです。しかし、彼の言動から劣等感を察し、哀れに思えることがあったのです。

 私の心に、この人たちを受け入れるスキがあったのでしょう。双方に、「利害打算」の思惑があったかもしれません。互いに心の奥深くでは、「この人は、自分の求めているタイプとは違う」と感じていたはずです。ホンネを隠し、「利害打算」や「10年ぶりに…」という偽善めいたもので仕事を始めるから、空しい結果になるのです。

 様々な事情があるにしろ、心が感じる思いは素直に受け入れるべきです。私は、彼らのことを、編集者として半人前とみています。この思いに素直に従って深く関わらないようにすることが、双方にとって大切なのです。彼らも「この男はうるさいし、過激だから、深入りをしたくない」と感じていたはずです。その思いに素直であるべきだったのでしょう。

 話をやや広げますが、大切なことなので書きます。ビジネスに限らず、男女の恋愛にしろ、結婚にしろ、別れが来るときがあります。そのとき、必要以上に落ち込むべきではないと私は考えています。

 私は、離婚する男女20~30組ほどをこの10数年で取材し、出会いや結婚前の頃の話を聞いています。その8~9割から、「利害打算」や「世間体」「損得」を強く意識し、結ばれたのだろうと感じました。互いに心の奥深くでは、「この人は違う」と思っていたように思えるのです。結婚をしたものの、しだいに「利害打算」や「世間体」「損得」が表面化します。それで、一段と関係がきしみます。

 離婚をしようと思うのは、「これ以上、前に進んではいけない」という、心の奥深くからのメッセージを素直に受け取ったことなのです。実は、すばらしい判断なのです。この仕切り直す力や断ち切る力がないと、大きな不幸が訪れます。世間では、縁結びが強調されますが、縁を切ることの尊さももっと見直されていいことではないでしょうか。