根拠として順天堂大が提出した論文の中身
まずどれくらい合格しづらくしていたかというと、例えば平成30(2018)年度の一般A方式二次試験では、(0〜0.4点がつく小論文)+(1.0〜5.0点がつく面接)で合計1.0〜5.4点の幅の得点の中で、同じくらいの順位でも「男子は2.5点以上で合格だが女子は3.0点以上で合格」というように、概ね0.5点の差をつけていました。満点でも5.4点の試験で0.5点の合格基準の差ですから、かなり女子が受かりづらくなっていたことが分かります。
その上で、報告書によると、①の根拠として順天堂大学は「Sex Differences in the Course of Personality Development: A Meta-Analysis」という古い論文を提出したとありました。本論文を11ドルほど支払って購入し読みましたが、この結果をもって①を主張するにはいくつかの問題点があります。ちなみにこの論文は、65本の研究結果をメタアナリシスという方法で統合し、結論を導くという手法を用いた論文です。
- 本研究は人格形成や自我の確立について性差を見たものであり、面接で評価していると思われるコミュニケーション能力との関連は不明
- 本研究はアジア人や日本人の研究を含んでおらず、研究結果を日本人に当てはめるという外的妥当性
- 本研究は1991年の研究であり、社会情勢やジェンダーなどが大きく変化した27年後の2018年に当てはめるという外的妥当性
このような点から、①の根拠として主張するには無理があるのではないでしょうか。さらに、1991年時点でのメタアナリシスであり、方法論的にも未熟な可能性があります(例えばgrey literatureの取り扱いなど)。
そして「日本パーソナリティ心理学会」も12月15日、この論文について、「その研究本来の文脈や目的から離れて不適切に引用することは好ましいことではありません。とくに、特定の属性をもつ人々(たとえば女性)に対する不公平な扱いの根拠として、そのような内容を主張しているわけではない心理学の論文を安易に引用するような姿勢に対しては、強い懸念を表明する」という見解を発表しました。プロも怒りますよね、そりゃ。
また、平成25〜30年度における順天堂大学の面接試験で、「女性受験者の平均点が男性受験者の平均点に比して0.11〜0.27点」高いという資料と、これを統計学的に検定したものが提出されたそうです。この点数を「補正」したかったのだと思いますが、その方法として「女子だけ一律に0.5点」のハードルを上げる、つまり見た目上0.5点減点するという方法は科学的に妥当ではありません。
大学でも問われているガバナンスの問題
これらの論点を誰も指摘せず、学長や副学長、医学部長、そして医学部教授を含む順大医学部の入試委員会は「うんうん、そうだよね」と言っていたのでしょうか。それはそれで問題で、私レベルでもこれだけ透けて見える問題点を見過ごした偉い人たちに指導を受ける学生さんやfaculty(教員)の皆さんは無念でしょう。ま、ガバナンスの問題なのでしょうが。
そして、すでにこれはここ日経ビジネスオンラインで河合薫さんも記事で取り上げ、こう指摘しています。
「論文自体は自我発達の年齢ごとの性差を目的にしているもので、コミュニケーション能力の性差を分析したものではない。確かに、語彙スキルに関する性差への言及はあるが『語彙スキル=コミュニケーション能力』ではなく、『語彙スキル=言語能力』ですらない」
こんな指摘を見るにつけ、あの言い訳は「その場しのぎであってほしい」という気持ちが高まります。②の方がよほどマシな気さえします。
1万5000人の医学生が署名、文科省に提出
知らない方もいらっしゃるかもしれませんが、順天堂大学は日本の医学の歴史を語る上では外せません。1838年に佐藤泰然が蘭方医学塾として始めてから、実に長い歴史を持っています。名門であり、現在でも国内トップレベルの治療・研究水準を持っている分野が多数あります。外科の先生も10人ほど存じておりますが、皆とても良い先生ばかりです。そのような大学で、ガバナンスが働いていないとしか思えない今回の事態。おそらく在校生も卒業生も、そしてかかっている患者さんだってショックでしょう。
この一連の医学部入試の問題に対し、全国の医学生が1万5000人の署名を集めて文部科学省に「不適切な入試が疑われる事案について、大学名を公表すること」などを求めました。
医学界、そしてこの大学医学部の世界全体に外部の風が必要ではないかと、私は考えています。
それではまた次回、お会いしましょう。
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