なぜ発覚リスクが高まるのに毎週殺人を犯したのか?

 さて、次の違和感です。2カ月で9人という早すぎるペースについて、私は強い違和感を覚えました。2カ月で9人というと、だいたい週に一人というペース。金銭目的ならそこまでハイペースでなくてもいいはずです。こんな違和感を感じたのは私だけではないようで、犯罪心理学者の方がこんな風に書いていました。引用させていただきます。

 「供述通りであるなら、毎週のように殺害、遺体損壊を続けたことになる。これは、連続殺人としてもペースが早すぎる。(中略)楽しい殺人を短期間に行いすぎるのはもったいないし、あまりに急いで殺害をすれば、普通は逮捕される危険性も高まる」(「座間9遺体発見事件(9人ネット連続殺人事件?)の犯罪心理学」より)

 考えるに、最初の殺人を金銭目的で犯したところ、その殺人という行為の快楽に目覚め、計画性もなく毎週その行為に及んでしまった、とでも言えばいいのでしょうか。このあたりも供述が進むにつれ明らかになってきそうです。

虐待歴や変わったエピソードを血眼に探すマスコミ

 そして第4の違和感はこれです。報道が進むにつれ、どんどん意外と「普通」そうな容疑者像が明らかになってきました。普通の家庭、普通に過ごした学生時代、そして証言は友人や元恋人からのものも。近所の人にも普通に話しかけるほどのコミュニケーション能力を持っていたようです。ま、歌舞伎町でスカウトをして売春の道に引っ張っていたことがあるくらいですから、すごく真っ当で真面目な人というわけではありません。それでも、このような猟奇的な事件を起こすほどの反社会的、あるいは病的な人格が形成されるようなエピソードとは思えません。

 病院で医者をやっていると実にいろんな人に出会います。(すべて噂で聞いた話ですが)人の良さそうな80歳超の高齢男性を診察したら背中に実に立派な入れ墨が入っていたとか、「階段から落ちた」と言って自分の小指を袋にいれて持ってきた若い男性とか、意識が悪いと救急車で運ばれてきたら薬物反応(違法薬物です)がバッチリ陽性で退院後即逮捕されていった10歳代の女性とか、娘の制汗スプレーを肛門に入れて出せなくなった50歳代の男性とか。医者ならこの手の話はゴマンと知っています。

 こんな、実に多様な市井の人々と相対している医者の感覚で考えると、本件の容疑者はこれほどの事件を起こす病理を持っているエピソードがあるとは言い難いのです。どうやらそう感じたのは新聞やテレビなども同じようで、血眼になって「猟奇的殺人を犯しそうな生い立ち」を探し、ちょっとでもおかしいエピソードがあったら「やっぱりね」と大合唱をする寸前のようです。類型化して腑に落ちるストーリーを作るのは、マスコミの得意技ですしイコール人々の潜在的な願望でもありますから。

 しかし、私はこう疑っています。この事件は、限りなく普通の人が起こした事件なのではないかと。もちろん事件を起こしたという行為自体が十分に世間の平均から大きくずれていますが、それ以外に容疑者の精神や人格になんら説明のつく原因はないのではないかと。

 そう認めるのはとても苦しいことですし、決めつけるのは現段階では拙速です。が、今一度「人は誰しも悪の芽を持っている」という自覚を持つ必要があるのではないでしょうか。

 こんな考察をせねばならない悲しい事件が起きぬことを祈りつつ、今回は筆を擱きたいと思います。

この記事はシリーズ「一介の外科医、日々是絶筆」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。