人が人の尊厳を尊重し続けることの難しさ

 この体験は私にかなりの衝撃を与えました。精神分析学者のV.E.フランクル氏が強制収容所の経験を書いた「夜と霧~ドイツ強制収容所の体験記録」(みすず書房)を愛読し、ある程度は知っていたのですが……。

 収容者の人間の尊厳を粉々にする仕打ち。そんな行為を当然のように行った人たちに思いを馳せました。いくらやらなければ死ぬとはいえ、人間が他の人の尊厳を尊重する精神はいかにもろく、建て前で薄っぺらいものであるかを自覚したのです。家族がいて愛する人がいる人が、同じく家族がいて愛する人がいる人をモノやゴミのように扱う。こんな一面を人間は間違いなく持っていることを、強く感じざるを得ませんでした。ぜひ一度、訪問することをおすすめします。

 さて、本題に入ります。

 なぜ私が現場の医師を中断し、京都大学の大学院に来たのか。一般に医師の多くの割合の人たちは、医師になってからキャリアを一旦中断し、大学院に入ります。多くは所属医局の大学院生となり、そこで代々引き継がれている実験や研究をやります。基礎医学の研究をすることが多いですね。

 私の場合は少し違い、「公衆衛生大学院(京大では社会健康医学系専攻と呼んでいますが)」というところに入りました。ここで私はちゃんと修了すればMPH(Master of Public Health)という学位を得ることになります。日本語では公衆衛生修士です。とはいえ私が京都に来た理由は、学位を得るためではありません。

(写真=PIXTA)

医者は医療の現場しか見えない

 一番大きな理由は、「医療を俯瞰したかったから」です。俯瞰には二つの軸があります。

 一つは「臨床」という現場の医療だけでなく、大きく医療とその歴史を学びたいと考えました。日本の医療は、保険医療についてはかなり厳しい規制産業で、例えば私が患者さんにする医療行為は全て内容が決まっていて、報酬も事細かに定められています。日本で保険診療をする場合、分厚い広辞苑のような点数表に載っている医療行為だけをしていることになります。

 新しい治療を勝手に開発することももちろん叶わず、開発するためには企業と協力するなどして申請し、認可を取らねばなりません。このようなバリバリの規制産業にいるのに、ルールを知らないということは非常に良くないと考えたのです。

 そして残念ながら、臨床医をいくらやっていてもこの勉強はできません。私は大学院に入る前から医療記事や本を書いていたため、かなり独学で学んだつもりでした。それでも、この国の医療の全体像を把握することは極めて困難でした。大学院に来ても、もちろん講義は「医療経済」「医療政策」「薬事行政」など各論です。しかしそれら全てを網羅的に学んでいると、おぼろげながらこの国の医療という巨人の姿かたちが見えてきたのです。各論のみを深く知りながら医師をするのではなく、全体を見た上での現場での医業をしたいと考えていたのですね。

 さらに、諸外国の医療と比較することで、日本の医療像が見えてきます。これはさらに独学が難しく、何冊か成書をひも解きましたがあまり分かりませんでした。今いる京都大学では、実際に海外の医療行政職だった教官もいて、現場ならではの話も含めて教えてくれました。