こんにちは、総合南東北病院外科の中山祐次郎です。

 さて、今回は「37歳の外科医がメスを置いた理由」と題して、私という一医師の超個人的体験から、医師のキャリアについて考察したいと思います。そしてそこから、今の日本における医療システムを、内側にいる医師が見た風景として考察します。

 まず近況から。わたくし、前回の記事でもお伝えしたとおり、国際学会へ参加するためにドイツのミュンヘンへ行っておりました。

 学会では癌(がん)研究の最先端を走る乳癌グループが連日学会新聞のトップを飾り、私が専門の大腸癌はというと新規抗癌剤の大規模臨床試験の結果がオープンにされるなどのみで、それほど衝撃の発表はありませんでした。

 意外だったのが、高齢者の研究がちらほら出ていたこと。「高齢者の治療の研究」って、世界最速で高齢化が進む日本のお家芸だったのですが、少しずつ欧州でも研究が増えてきているようです。

 そんな4泊6日の弾丸出張ですが、ドイツ医学の視察を兼ねて「ダッハウ(Dachau)」へ行ってまいりました。ここはナチスの強制収容所があったところで、ミュンヘン中央駅から電車で30分、そこからさらにバスで10分ほど行った所にあります。強制収容所と言えばアウシュヴィッツが有名ですが、ダッハウは大戦前の1933年に設置され、その後に造られた収容所のモデルとなった所です。

コレは復元ですが、実物も展示されていました

強制収容所で実施された低体温実験

 「ARBEIT MACHT FREI(=働けば自由になる)」と書かれた門をくぐり、まさに収容所があった地で、私は写真や道具を見ました。数々の非道な収容者への仕打ち。鞭打ちに使われた木の棒のような鞭や、再現された収容部屋もありました。そしてここでは、人体実験が行われていました。その一つが、低体温の実験です。

 人間の体がどれほどの低体温になると死亡し、そしていかに蘇生ができるかという実験でした。浴槽に囚人をつけ、体温を冷やしている写真が掲示されていました。帰国後に調べると、その実験結果は検証され、最も権威ある医学雑誌の一つに掲載されていました。私は90年に出版されたその論文を探し当て、読みました。

 まず、「被験者によっては麻酔なしで冷却された」と。詳細は残虐なので記しませんが、「研究計画、対象、方法は不完全で秩序立っておらず、着衣か裸か、冷却温は何度かなどの詳細な記録さえない。そして被験者の年齢、性別、栄養状態などの背景も不明である。さらに被験者が死亡したかどうかも不明である」とのことでした。最後には「計画がずさんであり、非常に不適切な方法で行われたため結果も価値がない」と結論づけられています。

 倫理的問題だけでなく、科学的にも全く無意味なこの実験。これを医師が計画し実行したのです。人命を救う職業である医師が行っていたことに、私は大きな衝撃を受けました。

 そして最後には、収容所の医師が知人にあてた手紙が載せられていました。「Doctors become murderers(殺人者になった医師たち)」と題された部分には、「収容所の仕事は順調で、食べ物が豊富で、とても良く眠れる」と。検閲のせいでそう書かざるを得なかったのかもしれませんが、これが本当の内容なら恐ろしいこと……。

書かされていた、と信じたいと思いますが…