「とりあえずやれることはやったかな」

 私は再び原因を探るべく患者さんの全身をくまなく診察しましたが、麻痺があったり変な所見はありませんでした。

 「とりあえずやれることはやったかな」

 そう思いつつ、いつの間に汗びっしょりになった私は、患者さんの血圧を3分に1回ほど測り続けました。

 すると徐々に血圧が上がってきたため、少しずつ私の緊張の糸も緩んでいきました。点滴バッグを2本(1000ml)ほど入れた段階で意識もはっきりし、血圧は130/70mmHgほどまで上がっていました。どうやら致死的な原因ではなく、6. 迷走神経反射だったのだろうと思いながら話を伺いました。すると、

 「昨夜遅くまでテレビを見ていてあまり寝ておらず、今日は機内で結構たくさんワインを飲んでしまった。トイレに行って大きいほうをしてから気分が悪くなり、なんとか席に戻ったがぐったりしてしまった」

 とおっしゃっていました。やはり迷走神経反射なのだな、と思いつつ患者さんを席に戻すと、私は上気した頭を抱えて自分の席に戻りました。そこから酒を飲むわけにもいきませんし、寝るわけにもいきません。いきなりさっきの方が再びぶっ倒れないとも限りません。私は緊張状態のまま、シートで3時間ほどを過ごしました。時々はその方のシートに赴き、大丈夫ですか、と声をかけて。

機内では医者は無力です

 幸いなことに、その後は何も起こらず着陸しました。途中、キャビンアテンダントさんが「機長がありがとうと言っています」と言って、非常にセキュリティの高いエリアに入れてくれたのは内緒の話です。後日、タダ券は来ませんでしたが1通の感謝状が届きました。

 このお話は、個人情報保護のためいくつかのパラメーターをスクランブルしていますが、すべて実話です。先日はこのお話をNHKが取材しに福島の私の病院まで来てくれました。

 最後に申し上げておきますが、飛行機の中で医者は無力です。長時間のフライトの際は、体調管理にお気をつけて。