最後に作った人にもインタビュー

 最後に、これらを作った人のことも少し。吉永和貴先生、1988年生まれの30歳です。

 鹿児島出身、中学からラ・サールへ行ったそう。わたくし鹿児島大学を出ていますから、ラ・サールのことはよく存じています。医学部の同級生や先輩後輩にたーくさんラ・サール出身者はいましたし、サッカーの試合で実際の学校に行ったり、家庭教師でラ・サール高校の生徒を教えたりしていました。出身の人は30人くらい知っているでしょうか。私の知る人たちはだいたい変人なのですが、やっぱり吉永先生も一風変わった様子でした。ものすごく頭がいいのですが、いろいろぎこちなく、あまり器用に生きているとはいえない雰囲気なのです。でもなんか好きになるタイプの人でした。読者の皆さんの中にもラ・サール出身の方は大勢いらっしゃると思います、スミマセン。

大手メーカーに“パクられた”経験も?

 卒業後は慶應義塾大学医学部へ。卒業後、東京ベイ・浦安市川医療センターで研修され、その後いくつかの勤務を経て起業なさったそうです。吉永先生のプレゼンテーションによると、いまでは週に1日は内科医として働き、あとの6日は開発や会社のことをやっているそう。凄い。週に1日も休んでいない。

 そんな彼の、医者としては変わったキャリア。ラ・サール時代には物理や数学が好きだったそうですが、天才的頭脳を持つ同級生と出会い、「上には上がいる」ことを実感したそうです。彼いわく、「自分は努力はできるが『最』トップにはなれない」とのこと。

 そして慶應時代に出会ったプログラミングにはまりました。1人でもゼロからサービスを作れて世界に向けて公開できると感動したそうです。それからは実にたくさんのウェブサイトやアプリを作りました。その中には薬の飲み忘れを防ぐIoTサービスを作り、ヒヤリングをしてきた大手製薬メーカーに丸ごとパクられる(?)という経験もしたそうです。

 いかがでしたか。私が彼を取り上げたのは、ずっと患者さんも医者も欲しいと思っていてさらに日本全体のコスト削減になるサービスを作っていること、そして医師免許を持ちつつこんなチャレンジをしている人がいることに衝撃を受けたからです。年齢は私より8歳も歳下ですが、彼のような仕事ができるよう頑張りたいと刺激をもらいました。

 それではまた次回、お会いしましょう。