こんにちは、総合南東北病院の中山祐次郎です。病院から一時的に離れ、京都大学医学部大学院にいる私は、大量の試験とレポート提出の嵐を終え、2カ月間の「夏休み」に突入しました。さて38歳にして夏休み、何をしようか。本でも1冊書こうかな、と思いますが、先日出したばっかりだしな……。ま、いろいろと旅行や読書で見聞を広めたいと思っています。
さて、今回は連日トップニュースになっている「東京医大不正入試問題」を取り上げましょう。現場にいる医師という立場で考察し、さらに東京医大卒業の女性医師にもインタビューを行いました。
いまさら解説も不要でしょうが、「東京医大不正入試問題」とは、
女子受験生と3浪以上が合格しにくいように大学が操作していた
というものです。
医者をやっているといろんな噂を耳にするものです。「女子は私立医大に受かりにくい」や「多浪生が私立医大に入ったらだいたい裏口入学」なんて話は、わたくしも聞き及んでおりました。ま、あくまで噂レベルだろうと思っていたら、ニュースで東京医大では本当にやっていたと知り、衝撃を受けたのです。いまごろ、他の私立医大や、国公立でもヒヤヒヤしている担当者がいるのではないかと推測します。
本件に関しては新聞社説などをいくつかざっと見ましたが、多くは「女性差別だ」「これは氷山の一角だ」という議論に留まっています。当欄ではもう2歩ほど踏み込んで考えたいと思います。
では、この問題を以下の4つの立場から論じます。その上で、提言にまで踏み込みます。
- 医師を志す女子学生
- 男性外科医である私
- 病院経営者
- 国全体の医療
「女性というだけで受験に不利」という差別
1. 医師を志す女子学生
まず、医師を志す女子学生(あるいは再受験の社会人)にとっては、このニュースには少なからずショックを受けたことでしょう。自分の性別だけで、受験に不利だという事実があるのですから。
これは、明確な女性差別であり、男女平等をうたう憲法に違反することは間違いありません。せめて、「女子枠」を設けている理系の大学のように、公表すべきです。神奈川大学工学部では、女子特別推薦枠として5名を募集しており、このように公表しています。
東京医大のやっていたことは到底、許されませんが、その一方で、受験生の中には「私立がそういうことをしているのなら、国公立大学医学部を受ければいいのでは」という意見もあります。これについてちょっと考えてみましょう。
医者になるためには医学部を卒業せねばなりません。日本には約80の大学に医学部があり、その約半数は国公立です。学費も6年間で見ると国公立は少なくとも5分の1以下ですから、じゃあ国公立に行こう。そう思うと、今度は難易度というハードルが出現します。ごく一部の例外をのぞき、国公立は難易度が私大医学部を上回っているのです。学ぶ科目数も違います。
50歳代の女性医学部受験生が起こした訴訟
さらに、国公立は本当に公平な受験を行っているのか、という疑問も存在します。何をもって公平と言うかによりますが、国公立は「地元枠」という、地元出身者が合格しやすい枠を持っているのです。例えば、旭川医科大学は北海道特別選抜と推薦として、50人の定員を設定しています(参考記事)。全部で112人ですから、かなりの割合です。一方で熊本大学医学部は定員115人ですが、わずか5人の地域枠推薦です。これでは、熊本に住む受験生としては「北海道に住んでいれば良かった!」と思いそうですね。
また、以前50歳代の女性受験生が群馬大学医学部の不合格を「年齢による差別」として訴訟を起こしたことがありました。「筆記試験で合格者平均を10点以上も上回っていた」と言われており、面接で不合格にされたようですが、その理由は開示されないままでした。真実は知るべくもありませんが、年齢が減点対象になっていた可能性はあります。
「女性医師は無能」と考える男性医師は多くない
2. 男性外科医である私
さて、男性外科医としてはどうでしょうか。ここ日経ビジネスオンラインの人気コラムニスト、河合薫さんはこの記事で、「『女性医師というだけで差別する男性医師がいる』という言葉の奥底には、女は面倒くさいという感情と『女性医師は無能』という偏見が混在しているのではあるまいか」と指摘しています。
はて、自分はどうだろうか……と胸に手をあてて考えてみました。私は過去に15人ほどの女性医師と同じ職場(外科です)で仕事をしたことがあります。が、これまでの経験上、女性だから無能だと感じたことはありませんでしたね。そして女性医師が無能だと思っている男女医師にも、会った記憶はありません。ま、たまたまそうだったのかもしれませんが。
指導した女性医師たちを振り返ってみると、
- きめ細かく、抜けのない仕事
- 患者さんに、とにかく寄り添う
- 手術の時には明らかに男性医師より大胆なメスさばき
という印象があります。もちろん個々人で異なるのですが。
ただ、「女は面倒くさい」ではありませんが、「女性には特別な配慮が必要だ」と思うことはあります。例えば夜22時に緊急手術が終わり、そこから振り返りを兼ねて一杯行こうか、と思ったときに女性だと誘いづらいもの。さらにはその翌日は朝6時くらいからは患者さんを診てね、とも女性医師には言いづらかった記憶があります。夜遅くや体力という面では配慮が必要だなと思っています。
私の意見では、「女性医師は無能」と考えている男性医師はそれほど多くないように思います。
その一方で、安定した戦力供給としては女性医師が不利であることは事実です。理由はただただ体制が整っていないからなのですが、産休・育休をチームの女性医師が取ると、その分の業務負担は男性医師に来るのです。当直を月5回やり、土日もすべて働いてギリギリ自分の家庭も保っているような状況で、女性医師が休み(あるいは辞め)、当直が月7回になる。人は増えない。これでは、女性医師への私怨が募ってしまう男性医師もいるのではないかと推測します。
問題は、過労死ラインを遥かに超える労働時間で働いていて、そこから人が減っても補充される体制や予算がないことの方にあります。
その一方で、女性医師が多い現場でうまく分担や効率化をすることによってきちんと現場を維持できている職場があります。例えば、大人数いる産婦人科などがこれに当てはまります。それを考えると、女性医師が多くなれば現場は工夫してちゃんと良くなるという気もします。しかしその仕組みができないと、女性医師が増えないという、ニワトリとタマゴの状態になっているのかもしれません。
産休・育休は予測しづらいとはいうものの……
3. 病院経営者
次に、病院経営者の視点としては、医師数は病院経営の最重要項目となります。医師がいなくなれば、病院は必ずつぶれます。過去に、教授の怒りを買うなどして派遣されていた医師を一斉に引き上げられ、つぶれた病院はいくつもあります。
その立場からは、先程述べたように安定した戦力供給という意味で、女性医師は不利です。経営者から見ると、女性医師の因子として、産休・育休という予測しづらいものがあるからです。事実、少し前までは大学医局に女性が入局する際、「専門医を取るまでは妊娠しないこと」「30歳までは妊娠しないこと」などと約束させられていたという衝撃的な話があるほどです。ひどいお話ですが。
どれほど人手がギリギリのところで回しているんだ、と思われるでしょう。しかし、本当にギリギリのところで回している現場は少なくないのです。
女性医師がキャリアを積むのは難しい
4. 国全体の医療
最後に、では日本全体の医療という視点で見るとどうでしょうか。
医療費はどんどん増えていき、このまま放っておくと医療費で日本は沈没してしまいます。それを防ぐために、コストのかからない医療がこれから必要になってくるのは間違いありません。
その意味で、いま必要なことは「女性医師を生み出さない」ことではなく、女性医師が途中妊娠出産子育てなどで中断しても、どう一生涯を医師として働いてもらえるかという点です。女性医師にとって、出産や子育てを経験しながら、しかし医師としてキャリアを構築することは、現在は容易ではありません。女性医師は男性医師と結婚することが多いのですが、その男性医師が多忙すぎて妻は医師として復帰せず、そのまま専業主婦をせざるを得ないケースも私の周りには数組います。これは日本全体の医師数という意味で大変な損失です。
医師でタレントの西川史子氏がこの問題について、女性医師の割合が増えたら「世の中、眼科医と皮膚科医だらけになっちゃう」(参考記事)と言ったそうです。確かに、女性医師が労働環境の悪い(=患者の生命に直結する)外科などを敬遠し、緊急で呼ばれることなどの少ない眼科や皮膚科を選ぶ傾向にあることは事実です。
これは科ごとに見た女性医師の割合です。皮膚科は46%、外科は7.8%ですが、外科の中でも特に過酷な心臓外科、消化器外科だけを見ると女性外科医は1%程度なのです。
そして、女性医師がどんな科を選ぶかについて、こんな調査結果があります。
これで見ても、皮膚科眼科がトップに来ており、右下は外科が並びます。
東京医大出身の女性医師はどう見た
本件について、東京医大出身の女性医師にお話を伺いました。すると、「母校がこのようなことをしていて、悲しいに尽きます。大学の医学生はみな仲が良く、母校のことが好きな卒業生が多いので……」とのことでした。また、「私は合格したので言えますが、私の時にもこういう差別をしていて落ちた人がいたなら浮かばれないと思います」とも言っていました。
東京医大出身の医師は私も大勢知っていますが、その多くは母校が好きで、とても出身者同士の仲が良い印象です。それだけに、母校のあのありさまは悲しいのでしょうね。
最後に提言
この問題を深掘りしていくと、医療費の問題にぶち当たると私は考えます。例えば、日本にもっと潤沢な医療費があり、病院へ診療報酬が多く支払われれば、病院はさらに医師を確保できます。そうすれば、チームのうち1人の医師が休みを取っても現場は崩壊しないでしょうし、代わりの医師を雇うこともできます。
ですから、
- 医療費をさらに増やす
- 科ごとに定員を設ける
- 医師の給与(時給)を減らしてその分、人数を増やす
このあたりが現実的な解になるでしょう。
いずれにせよ、東京医大の問題はこの大学だけの問題ではありません。日本の医療をこれからどうデザインしていくか、大局的な視点での議論が必要です。
それではまた次回、お会いしましょう。
この記事はシリーズ「一介の外科医、日々是絶筆」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
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