こんにちは、中山祐次郎です。私の連載「一介の外科医、日々是絶筆」はだいたい月2回のペースで更新をしておりますが、今回はどうしても書かずにおれず緊急寄稿しております。

 それは、かの日野原重明先生が18日、お亡くなりになったニュースを耳にしたためです。テレビのニュースでも大きく取り上げられましたし、全国紙でも1面に掲載されましたので、皆さんご存じのことと思います。私は、生前の日野原先生とごくわずかではありますが接したことがありました。そのお話とともに、日野原先生の功績をいくつか書きたいと思います。

光の射す方は、いつも眩しい

聖路加国際病院で緩和ケア科実習

 日野原先生はご存じ、東京の聖路加国際病院に勤務されていました。そこでは理事長として看護大学を造ったり、素晴らしい病院を造り上げたりと活動をされていました。活躍の幅は実に広く、予防医学、医学教育、看護師教育、執筆など、挙げていくと切りがないほどです。

 特に日野原先生が力を入れていらした看護師教育ですが、聖路加看護大学は看護学部では全国屈指の難易度を誇っています。また、聖路加国際病院の看護師さんになるための採用試験も難しいそうで、私の大学時代の友人ではトップクラスの成績の人が受験していました。院内の看護師さんは、英語や中国語がペラペラに話せる人がごろごろいるそうで、そんな病院はおそらく日本では聖路加だけでしょう。それほど給料が高いわけではないそうですが、間違いなくハイレベルな人材が集まっています。

 聖路加国際病院には、現在勤めている、あるいは勤めていた医師の友人が10人ほどおりますので、よく病院のお話を伺います。かくいう私も実は、医学部を卒業する時に研修先として聖路加国際病院を受験したことがあるのです。もう11年も前の話になりますが。

 当時、聖路加は研修医採用にあたり、受験者である医学生の聖路加国際病院での実習を義務化していました。それも最低1週間と、短くはない期間の実習でした。その期間に研修医に付き、実習を行うことでその学生の態度や人柄を見て、採用するかどうかの助けにしていたようです。

 私は医学生の時、通っていた鹿児島大学に「緩和ケア科」がないことを不満に思い(今はちゃんと緩和ケアセンターがあります)、聖路加国際病院での2週間の緩和ケア科実習をさせていただきました。それに加えて救急科を1週間、そして興味のあった小児科を1週間の計1カ月の実習をしたのでした。勝どきのウイークリーマンションを借りて住みながら、通ったのを覚えています。

 緩和ケア科にはひげの生えた林章敏先生という部長がいて、チームの医師全員で回診をしていました。医学生だった私は着慣れぬ白衣を着てその回診に参加していました。驚いたことに、回診では全員椅子を持ち運んで、病室に入るたびに座り、患者さんと同じ目線でお話をしていたのです。