医者がすすめる熱中症予防、これだけは
第30回 「一人暮らし」「エアコンなし」はご注意を
こんにちは、総合南東北病院の中山祐次郎です。前回までの特別編「医者の本音」バージョンは終わり、今回から通常の連載に戻ります。読者の皆様におかれましては、たくさんのコメントをいただき本当にありがとうございました。特別編は終わり、なんだか寂しく感じますが、引き続きよろしくお願いいたします。
さて少し近況を。38歳、医者12年目にして病院から一時的に離れ、京都大学医学部大学院に参った私は、このところ試験勉強とレポート作成が続いています。医者って、中堅の年齢(30~35歳)に4年間大学院に入る人が多いのです。そして医学博士になるのですが、多くの場合、4年間は研究しません。だいたい研究にかけるのは最初の1~2年だけ。しかも、なぜか皆、病気の治療法などの臨床研究などではなく、細胞や化学物質といった基礎研究をやるのですね。担当患者さんを持たないことを、医者は「ベッドフリー」あるいはドイツ語で「bett frei (ベットフライ)」と言いますが、「ベットフライは1年だけなので、その間に研究を進めたいと思います」などという具合なのです。結局、4年間のうち残りの2~3年は、無給で大学病院や人手の少ない病院で働きます。そのため、丸4年間、きっちり研究したという人はあまりいません。最後に論文を書き、4年間の学費を払って博士号を取り卒業です。
私がMaster of Public Healthを選んだワケ
この博士号も大学によって全く難易度が違い、国際的な医学雑誌に英文で論文が載らなければだめという大学から、日本語の論文でもOKとか、「論文をsubmit(投稿)してさえいればいいよ」なんて所もあります。Submitは誰でもできますから、緩すぎるような気がしますが……。
このような医者一般が行く大学院に、私はどうしても納得が行きませんでした。医者が腰掛けでそんな短時間だけ試験管振ってどうするんだ。医者の臨床能力には意味があまりないし、第一、医者ではない研究一筋の人に勝てるわけがない。そう思い、今の大学院に来たのです。臨床研究と公衆衛生を学び、その後の医者人生に役立つものを学んでいます。資格には私はまったく興味がないのですが、Master of Public Health、MPHという資格を得ます。海外ではMPHがなければ部長になれないところが増えてきたようで、日本でも少しずつ重要性が増しているようです。その代わり試験やレポートが多く、週末はほぼずっと勉強しているような状況です。
では本題です。今回は「熱中症」についてまとめました。
熱中症の実態は……
まずはデータで熱中症を見てみましょう。死亡者数は、年によってかなりばらつきがあります。下のグラフをご覧ください。
これによると、だいたい毎年400~1000人が死亡しています。飛び抜けて多かった平成22(2010)年は、1800人近くの熱中症死亡がありました。この年は、気象庁ホームページで調べると平均気温が統計を開始した 1898年以降の113年間で第1位の高い記録だったそうです。気温だけが熱中症死亡と関係するわけではありませんが、原因の一つになったことでしょう。
そして、亡くなった人には高齢者が多い点もお伝えしておきます。平成28(2016)年の熱中症死亡者のなかで、65歳以上の占める割合は79.2%、平成27(2015)年は80.7%でした。
次に、熱中症で救急車に乗る人がどれくらいいるかを示したのが次のグラフです。これは今年の4月30日から1週間ごとにグラフにしたものですが、みると6月25日から一気に増えたのが分かりますね。これから暑くなるにつれ、さらに増えていくことが予想されます。
平成30年の熱中症による救急搬送状況(週別推移)
※速報値(緑)、(青)の救急搬送人員数は、後日修正されることもありますのでご了承ください。総務省の
統計データより引用
なぜ熱中症になるのか?
実態をお話ししたところで、次は医学的なお話をしましょう。
そもそも熱中症とは何でしょうか。医者のコンセンサスであり治療指針である「熱中症診療ガイドライン2015」には、次のように定義されています。
熱中症とは「暑熱環境における身体適応の障害によって起こる状態の総称」である。すなわち 「暑熱による諸症状を呈するもの」のうちで、他の原因疾患を除外したものを熱中症と診断する。
なんのこっちゃよく分かりませんが、簡単に言えば「暑さのせいで身体に起きた悪いことで、他の病気が原因のとき以外は全部熱中症」ということです。
「暑さ指数」では湿度も重要
では、どんな時に熱中症にかかるのでしょうか。平たく言えば、「からだから外へ熱を逃がす」量と「からだに入ってくる熱」の量のバランスが悪くなった時にかかるのです。しかし、この熱の逃がし方は気温だけではなく、湿度にもよることに注意が必要です。湿度が高い時には汗が蒸発しづらく、そのせいで「からだから外へ熱を逃がす」量が減ってしまうからです。
ここであまり聞きなれない「暑さ指数」というものを紹介しましょう。日本では諸外国と比べ湿度が高いため、ただの気温という指標よりもこちらのほうがより鋭敏に熱中症になる危険性を反映しています。
暑さ指数は正式にはWet-Bulb Globe Temperature(湿球黒球温度)と言われるもので、こんな式で計算されます。
WBGT(℃)=0.7×湿球温度+0.2×黒球温度+0.1×乾球温度
湿球とか黒球とかは下の写真のように観測されます。これは簡単に言えば、湿度が非常に暑さ指数に大きく影響するということです。
基本的にこの暑さ指数はこのページでチェックすることができます。他にも、Yahoo!防災情報というアプリでは暑さ指数に応じて、登録しておいたご自宅や職場エリアで「熱中症の危険あり」などとお知らせしてくれますので、スマートフォンをお使いの方はアプリをダウンロードしておくと便利です。こんな具合です。
熱中症の予防法は?
こんな熱中症、なってしまうと大事です。ですから予防がもっとも重要なのは論を待ちません。予防法としては、
- のどが乾かなくてもスポーツドリンクを飲む
- エアコンを使い涼しくする
- 屋外では涼しい服装をし、日差し対策もする
をオススメします。これはどんな年齢の方にも言えます。1.のスポーツドリンクは、可能なら経口補水液にしましょう。
先ほど参照した「熱中症診療ガイドライン2015」でも、「熱中症の予防・治療には何を飲めばよいか」という問いに対して、「塩分と水分の両者を適切に含んだもの(0.1~0.2% の食塩水)が推奨される(1C)。現実的には市販の経口補水液が望ましい」としています。
経口補水液は、アクエリアスの経口補水液や「OS-1(オーエスワン)」というものが有名ですね。あまりあちこちで売っていないので、日常的に飲むというのは現実的ではないかもしれません。ナトリウム(塩分とほぼ同義と考えてよいでしょう)の濃度が、スポーツドリンクでは21mEq/L、経口補水液では50mEq/Lと倍以上なのがポイントです。
ちなみに私は、夏にはスポーツドリンクをよく飲み、塩辛いものをよく食べるようにしています。また、先日京都の祇園祭に行った時は、9時から12時まで外にいることが分かっていたので、前日に薬局で下の写真の物を3000円分くらい買って熱中症対策をしたんですよ。
重症熱中症患者さんのエピソード
ここで具体的な熱中症の症状についてご紹介します。昔、私が診療した熱中症患者さんのエピソードに、いくつか加味してお話ししましょう。個人情報のため、年齢や性別などは変えてあります。また、「この患者さんはうちの家族かも」と思った方がいらしても、そうではありません。典型的なケースはしばしば似通っているのです。
8月の初め、救急車で運ばれてきた患者さんは90歳近い男性でした。救急隊から聞くとお一人暮らしで、エアコンが以前から壊れていたとのこと。近所の人が心配して様子を見に行ったところ、自宅で倒れていたそうです。
病院に到着した時は、皮膚はカサカサに乾き、触るとかなり熱い体でした。体温は39度。病院のカルテを見ると、心臓病と糖尿病で月に1回通院されていました。
意識はもうろうとし、わけの分からないことをおっしゃっています。我々はすぐに点滴をし、服を全て脱がせて霧吹きで水をかけ、うちわで扇ぎました。扇いでいる私たちも汗だくになっていました。
採血検査結果では、凝固機能(血がもともと持っている、血を固まらせる機能)が悪く、さらに肝臓と腎臓の数値も悪くなっていました。治療を続けましたが、途中肺炎を合併してしまい、亡くなりました。
暑くなります、お気をつけて
このケースのように、「一人暮らし」や「エアコンがない」などは熱中症を起こす原因と言えます。また、前出のガイドラインでは、「こういう人が熱中症の危険あり」として、「男性」「高齢」「独居」「日常生活動作の低下」「精神疾患や心疾患などの基礎疾患を有すること」などを挙げています。典型的には熱中症で死亡するのは高齢者が多いのですが、若い人でも亡くなることはあります。
これからますます高齢社会が進み、一人暮らしの高齢者が増えていく中で、このような不幸な転帰(病気が進行して行きついた状態)の方を減らすにはどうしたらいいか。これはもはや医療の分野をはるかに超えて、政治や行政とともにやっていかねばならないのでしょう。大学院で学んでいると、現場で過重労働をやっているよりも、そちらの方がより社会を良くするのではないか、と思うこともあります。
なんにせよ、今年の夏も暑くなりそうです。皆様、そして皆様の親御さんも十分ご注意を。
最後になりましたが、わたくし来(8)月6日に「医者の本音」というタイトルの新書を出版いたします。タイトル通りの「本音」ですからとっても書きづらかったのですが、身を切って書きました。
これまでの医者本との違いは、
- 著者が最前線ど真ん中の若手現役医師
- すぐ使える情報多し
- 製薬会社との関係や医局などの話あり
- 年収・恋愛の話あり
という点です。現在でもアマゾン・ドット・コムで予約できますし、8月6日には全国の本屋さんに並びます。ご興味のある方はぜひどうぞ。
それではまた次回。
この記事はシリーズ「一介の外科医、日々是絶筆」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
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