こんにちは、中山祐次郎です。

 全国的に梅雨入りし、ここ福島県にも梅雨がやってきました。私の住む郡山市では、「梅雨明けまでこたつはしまわない」と言われているほどまだまだ冷え込みます。ゆっくりゆっくりと夏の準備をしているのでしょうか。

これは何の花でしょうか。日光を浴びて嬉しそうです

芥川賞作家を3人も輩出した福島県尋常中学校

 先日、休日を利用して郡山の歴史を学んできました。私が行って学んだのは「安積(あさか)歴史博物館」と「こおりやま文学の森資料館」です。学んだことを簡単にご紹介しましょう。

安積歴史博物館は風格ある洋館でした

 郡山という街は太古の昔から人が住んでいたようですが、その文化が開いたのは明治になってのこと。もともと水のない不毛の地だった土地に、政府が各地の士族を入植させたのは明治12年。当時は郡山ではなく安積と呼ばれていました。入植者の中で一番多かったのは現在の福岡県久留米市の出身者で約140戸、次は土佐、鳥取、会津と全国各地から来たようです。ちなみに久留米の名残は現在もあり、「~ばい」という語尾や「久留米」という地名が市内に残っています。

久留米や土佐、鳥取など遠方から入植したのです。福島県内の会津や二本松からも

 その翌年から、かの大久保利通がぶち上げた一大プロジェクトが始まりました。それは、農耕に適さぬこの土地に水を引くというもの。湖などの水源から水を引くルートのことを「疏水(そすい)」と言います。京都の琵琶湖疏水が有名です。この土地の疏水、つまり安積疏水は遠く磐梯山の向こうの猪苗代湖から水を引くというものでした。約3年の月日をかけ、実に60kmの距離の疏水が完成しました。それから学校も作られ、今では30万人が暮らす都市に発展しています。

疏水ができる前の地図。「不毛」の文字が目立ちます

 私が訪問した安積歴史博物館は、もともと旧福島県尋常中学校で、大変立派な洋館が建てられていました。現在でも博物館の隣には安積高校があり、県内1、2を争うトップレベルの高校だそうです。私の勤める病院の医師にも安積高校出身者は数人います。

 さらに驚いたのは、学校出身者に芥川賞作家が3人もいるということ!中山義秀、東野辺薫、玄侑宗久という作家たちを輩出しています。

こんなに同窓生の著作がある高校も珍しいですね

 そんな学校は滅多にないだろうと調べてみると、「過去147人の受賞者の出身高校を調べたところ、旧制中学時代などを含め3人の卒業生が受賞した高校が少なくとも4校あった。このうち3校が東京都の高校だ」(2010年12月10日付日本経済新聞電子版の記事「芥川賞、ノーベル賞 受賞者の出身高校は」より)ということで、他に3校もあったのですね。

 そんな街で、私は日々診療に勤しんでいます。その土地の歴史を知るとその街を深く知ることができ、愛着がわきます。今度は美術館にでも行ってみようかと思っています。

 さて、本題に入りましょう。

 今回は私が専門としている「がん治療」についてお話ししたいと思います。詳細に書けば本2冊分くらいになりますので、ごくかいつまんで書くことにします。