専門家が教える、がんの治療戦略
第9回 「手術」「抗がん剤」「放射線」のどれを選ぶか
こんにちは、中山祐次郎です。
全国的に梅雨入りし、ここ福島県にも梅雨がやってきました。私の住む郡山市では、「梅雨明けまでこたつはしまわない」と言われているほどまだまだ冷え込みます。ゆっくりゆっくりと夏の準備をしているのでしょうか。
芥川賞作家を3人も輩出した福島県尋常中学校
先日、休日を利用して郡山の歴史を学んできました。私が行って学んだのは「安積(あさか)歴史博物館」と「こおりやま文学の森資料館」です。学んだことを簡単にご紹介しましょう。
郡山という街は太古の昔から人が住んでいたようですが、その文化が開いたのは明治になってのこと。もともと水のない不毛の地だった土地に、政府が各地の士族を入植させたのは明治12年。当時は郡山ではなく安積と呼ばれていました。入植者の中で一番多かったのは現在の福岡県久留米市の出身者で約140戸、次は土佐、鳥取、会津と全国各地から来たようです。ちなみに久留米の名残は現在もあり、「~ばい」という語尾や「久留米」という地名が市内に残っています。
久留米や土佐、鳥取など遠方から入植したのです。福島県内の会津や二本松からも
その翌年から、かの大久保利通がぶち上げた一大プロジェクトが始まりました。それは、農耕に適さぬこの土地に水を引くというもの。湖などの水源から水を引くルートのことを「疏水(そすい)」と言います。京都の琵琶湖疏水が有名です。この土地の疏水、つまり安積疏水は遠く磐梯山の向こうの猪苗代湖から水を引くというものでした。約3年の月日をかけ、実に60kmの距離の疏水が完成しました。それから学校も作られ、今では30万人が暮らす都市に発展しています。
私が訪問した安積歴史博物館は、もともと旧福島県尋常中学校で、大変立派な洋館が建てられていました。現在でも博物館の隣には安積高校があり、県内1、2を争うトップレベルの高校だそうです。私の勤める病院の医師にも安積高校出身者は数人います。
さらに驚いたのは、学校出身者に芥川賞作家が3人もいるということ!中山義秀、東野辺薫、玄侑宗久という作家たちを輩出しています。
そんな学校は滅多にないだろうと調べてみると、「過去147人の受賞者の出身高校を調べたところ、旧制中学時代などを含め3人の卒業生が受賞した高校が少なくとも4校あった。このうち3校が東京都の高校だ」(2010年12月10日付日本経済新聞電子版の記事「芥川賞、ノーベル賞 受賞者の出身高校は」より)ということで、他に3校もあったのですね。
そんな街で、私は日々診療に勤しんでいます。その土地の歴史を知るとその街を深く知ることができ、愛着がわきます。今度は美術館にでも行ってみようかと思っています。
さて、本題に入りましょう。
今回は私が専門としている「がん治療」についてお話ししたいと思います。詳細に書けば本2冊分くらいになりますので、ごくかいつまんで書くことにします。
がんの専門家とはどんな医師か?
まず、がんの専門家とはどんな医師でしょうか。明確な定義はありませんが、「がんの専門知識を持っていて、日常的にがん治療に携わっている医師」ということになります。そして、基本的には一人の医師は一つの臓器の専門を持っていると考えてよいと思います。
もちろん似通った臓器(胃と十二指腸、小腸と大腸、肝臓と胆のうなど)は同じ専門家がカバーしますが、例えば肺がんと大腸がんが専門である、という医師は原則的にいないことになります。例外は「腫瘍内科医」で、彼らはいろんな臓器に発生したがんの患者さんの「抗がん剤治療」に特化した治療を行います。まだまだ日本には人数が少なく、その存在も知られていませんが。
簡単に私の話をしますと、私は大腸がんの手術を専門とする外科医です。医者になってから約10年の間、がん治療をがん専門病院(がん・感染症センター都立駒込病院)で学び、議論し研究してきました。持っている資格としては外科専門医、消化器外科専門医、がん治療認定医、内視鏡外科技術認定医(臓器;大腸)などがあります。
一般の方には何のことか分からないと思いますが、いずれの資格も診療実績(手術件数や担当した患者さんの数)と試験(筆記や手術ビデオを送る試験)の両方を合格して得られる資格です。例えば外科専門医であれば120例以上の執刀経験、消化器外科専門医であれば約500例以上の手術経験がなければなりません。こういった資格を持っていない医師が怪しいという訳ではありませんが、持っていれば一定レベルの技術・知識を有していると考えてよいでしょう。
がん治療の戦略は3本柱
がん治療はよく3本柱と言われます。それは、
- 手術
- 抗がん剤(=化学療法)
- 放射線
の3つです(これに今後は免疫療法が加わることになりますが、現段階ではまだ限定的ながんにのみ使う治療のため、本記事では省略します)。
外科医である私が専門としているのは1.手術で、2.抗がん剤治療についても専門知識と経験を有しているために行います。3.放射線は専門の放射線科医師が行っています。
外科医がなぜ抗がん剤治療をするのか。これは、歴史的な背景もあります。
抗がん剤の治療をする専門の医師は、実は長いこと日本にいませんでした。がんの治療、特に消化器(胃や腸)のがんの治療は全て外科医が担っていたのです。胃カメラや胃透視(バリウムを飲む検査です)の検査を外科医自らが行い、がんの位置や大きさを診断し、手術をします。その後の抗がん剤も外科医が行い、再発・進行し末期となってしまった場合にはその方の最後の緩和医療とお看取りまで外科医がやっていたのです。
現在では「腫瘍内科医」という肩書きの医師がいて抗がん剤治療を主に専門としています。しかし人数はまだまだ十分ではなく、その専門医資格である「がん薬物療法専門医」は1138名(2016年4月1日現在)しかいないのです。ですから、がん専門病院であっても外科医が抗がん剤治療を担っている施設は少なくありません。今後、腫瘍内科医の数は少しずつ増えていくと私は予想しています。
戦略は臓器によって全く異なる
次に、これまた重要なお話です。がんはその種類によって治療の戦略がかなり異なります。具体的には、例えば同じ消化器というグループに属する胃がんと大腸がんでさえ異なります。さらには使う抗がん剤も異なるのです。
例えば肝臓に転移していた場合、胃がんからのものであれば手術で取ることは極めてまれですが、大腸がんからであれば、よほど多発していたり肝臓全体に転移していない限りは手術で取ります。これはがんの振る舞いが異なるからであり、胃がんの肝転移はほとんどの場合で多発かもしくは他の臓器にも転移があるのです。一方で大腸がんの肝転移は1〜3個くらいのことが多く、手術で取るとそのまま治ることが大きく期待できるため、基本的には手術で取りましょうということになっています。
これらの戦略は「ガイドライン」という、その業界の偉い先生たちが集まって議論をし、アンケートなどを行い、更に何百本も論文をみて作ったメニューブックにまとめられています。ガイドラインは胃なら胃だけ、大腸なら大腸だけのガイドラインで、作成している組織も異なります。
医師たちはがん患者さんに対して、このガイドラインに沿って治療を選択しています。もちろん細かい状況は患者さんごとに違いますし、その医師の得手不得手はありますから、それに合わせた最適な解を選択することになるのですが。ガイドライン自体は法律ではなくあくまで指針なので、必ずしもこれに厳格に沿って治療をしなければならないというものではありません。
このガイドラインは、世界レベルで見ると大きく3つあります。一つは欧州の学会が作ったもの、そしてもう一つは米国が作ったもの、そして日本のものです。同じがんの同じステージであっても、それぞれのガイドラインによって若干の治療法の相違はあります。これは各国・地域の医療体制や人種による違いもあるので、全く同じとはいかないのです。
また、最近では患者さんのためのガイドラインも作られています。私の専門領域である大腸がんについても、「患者さんのための大腸癌治療ガイドライン 2014年版」があります。
患者さんが自ら治療法を選んでいく時代の到来
近い将来、患者さんが自ら治療法を選んでいく時代が来ます。もうすでに情報感度の高い人はご自身で学び、正しい知識を持って医師と治療について議論をする人もいるほどです。こういった「医学リテラシー」は、自己決定権が拡大されるにつれさらに求められるようになるでしょう。
本欄では、そのような医学リテラシーの獲得に寄与するような記事も書いていきたいと思います。それではまた次回、お目にかかりましょう。
この記事はシリーズ「一介の外科医、日々是絶筆」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
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