ある患者さんのこと

 さて、今回の本題に。

 何年も前に受け持った患者さんのお話です。個人情報保護のため、性別や年齢、経過などは変えています。ですから「これは自分かも」と思っても、違いますので悪しからず。

 91歳のAさん、紹介状を持って私の外来にいらっしゃいました。紹介状には、「便に血が混じっているため検査をお願いします」とのこと。初めに内科を受診してもらい、大腸内視鏡(お尻から入れるカメラのことです)検査をすると、腫瘍が見つかりました。

 腫瘍の一部を内視鏡鉗子(かんし、ハサミのような器具)でつまんで取ってきて、病理の検査に提出。すると1週間後、「well differentiated adenocarcinoma」という診断が返ってきました。これは日本語で「高分化型腺癌」という意味で、つまりはがんであるということです。

 腫瘍は肛門から20cmくらいの場所、通称「S状結腸」という部分にあり、既に握りこぶしくらいの大きさになっていました。問題は、既に大きくなっていたことに加え、その腫瘍のせいで大腸の中が詰まりそうになっていたことでした。

 もしこれ以上、がんが発育して大腸が詰まってしまうと、腸閉塞という状態になり、お腹がパンパンに張ってゲーゲー吐くことになります。そして、いつ大腸に穴が開くか分からない危険な状態に陥ります。大腸に穴が開くと、腹膜炎となり、緊急手術をしても生命維持が難しくなります。

 ですから、大腸が閉塞してしまう前になんとかしなければならない。

医師が持つ3つの選択肢

 このような場合、我々専門家は3つの選択肢を持っています。

  1. 手術で大腸がんを取る
  2. ステントを入れて狭いところを広げる
  3. 人工肛門を作る手術のみをして、腸閉塞を回避する
手術室イメージです。実際に稼働している手術室はもっとごちゃごちゃしていますが

 少し説明しますと、1は大腸がんを治すための処置です。2と3は、閉塞を予防するという「その場しのぎ」の治療であるため、大腸がんは治りません。ですから2と3を選んだ場合は、いずれ大腸がんで死亡します。

 1の手術を選べば、確かにがんは治ります。しかし、それなりに大きな手術となってしまいますので、手術後の合併症の危険性が増します。特に一番懸念される縫合不全(腸と腸をつなぎ合わせたつなぎ目がほころびたり穴が開くこと)が発生すると、この患者さんの場合、それだけで命取りになります。

 というのも、この患者さんは心臓が悪く、過去に心筋梗塞を起こしたことがありました。そのせいで心臓の機能はかなり悪く、おまけに糖尿病を持ち、腎臓の機能も悪い状況でした。90歳オーバーという超高齢でもあります。これらを考えると、普通の外科医であれば大腸がんを治す根治的な手術をすることは躊躇います。

 そこで、我々は2のステントを考えました。ステントとは人工の筒状の金網で、簡単に言えば狭いところを広げる作用があります。今では心臓の血管を治療する時にもかなりよく使われています。

 しかし、この選択肢にも問題がありました。一度ステントを入れて広げたところで、がんは発育し続けます。発育したがんがステントの隙間から内部に進出すれば、再び腸は狭くなってしまうのです。そうなってしまった場合、半年程度しかステントの効果はないでしょう。

 さらに、ステントを入れる際に腸に穴が空いてしまうこともあります。確率は、入れる医師によるでしょうが、だいたい5%未満ですから比較的安全です。が、もしひとたび穴が空いてしまうと、緊急手術になる可能性も十分にあります。