こんにちは、福島県郡山市の総合南東北病院外科の中山祐次郎です。前々々回から、この連載は特別編「医者の本音」シリーズとして全8回で毎週お送りしております。
「なぜお医者さんは、そんなに冷たいのですか」
えっ? 知人からの思いがけない質問に、私は驚きました。
いや、そんなに冷たいですか? 毎日、丁寧に接しているはずなのになあ……。
そう思いつつも、深夜に医局のデスクでひとり胸に手をあてて考えてみました。すると、出るわ、出るわ。冷たくあしらう発言をした自分の姿……。うーんと唸りながら、ここに贖罪(しょくざい)のつもりで本音をお話ししたいと思います。これまで私の説明や態度が冷たいと感じていた患者さん、そしてご家族の皆さん、すみませんでした。
本コラムをお読みのあなたは、医者の態度を「冷たい」と感じたことがおありのことでしょう。私としても、他のドクターが患者さんと話すところを見ていて、「いや、その言い方はちょっとヒドイのでは……」と思ったことは何度もあります。そのドクターが若手だった場合には注意するようにもしています。ですが、相手が先輩医師の場合、上下関係の強い外科医の世界では、指摘することはできません。
18年間で出会った医者たちの本当の姿
しかしここで、きちんと伝えておきたいことがあります。それは患者さんに冷たくしようと思っている医者はほとんどいないということです。
私は医者になって12年、医学部生時代も含めれば18年、医療業界でたくさんの医者に出会ってきました。若手の頃には外科以外にいろいろな場所で研修をしました。内科・産婦人科・精神科・皮膚科・救急救命センター・保健所・開業医のクリニックなどです。他にも東京都の三宅島や鹿児島県の種子島といった離島の診療所にも行きましたし、米国や韓国の病院へ視察にも行きました。もちろん医師の友人もたくさんいます。
これまで出会ってきた何百人の医師たち。彼らはほぼ全員、「どうすれば患者さんのためになるか」「どうすればこの国(世界)の医療はよくなるか」を真剣に考えていたのです。患者さんを下に見ている医者はほとんどいませんでした。医者の意見を代弁させていただくと、「冷たくしたつもりなんてなかった」というのが本音だと思うのです。それなのに、なぜ患者さんは「医者は冷たい」と感じてしまうのでしょうか。
激務がもたらす弊害
医師が患者さんに「医者は冷たい」と感じさせてしまうのには、いろいろな医師の状況が影響しています。
中でも、「医者は、患者さんとコミュニケーションを取る時間が制限されている」のが重要な点です。では、どんなふうに時間が制限されているのか。具体例でお話しします。
一つめは、タイトなタイム・スケジュールです。
我々医者は、どんな科の医者であっても、きっちりと決まったタイム・スケジュールの中で動いています。外科医であれば、朝9時には手術室へ行かねばなりません。手術室では、その日に合わせて入院した患者さんが、麻酔をかけられて待っています。さらには、手術室の看護師(1件の手術で最低2人はいます)、臨床工学技士、そして助手の外科医といったスタッフが時間を合わせてスタンバイしています。
一人の外科医が、「すみません。担当患者さんが不安を抱えていたので、詳しい説明をして遅れました」というのは許されないのです。こうなると、朝7時半からの回診で、患者さんと詳しいお話をすることはできません。矢継ぎ早に質問をされても、「ええと、すみません。時間がないので、看護師に相談して、後日、私のアポを取ってもらってください」と先送りしてしまうでしょう。初めての入院で不安を抱えた患者さんにしてみれば、「冷たい態度だ」と感じるかもしれません。
医者は分刻みのスケジュールの上、いつも誰かを待たせています
2つめは、外来診察での業務過多です。
医者は1日に何十人もの診察をします。一人の患者さんとお話しできる時間は10分あればよいほうです(科によっても違いますが、外科であればそのくらいです)。
しかも患者さんとお話しするだけで、診察が終わるわけではありません。まず診察をカルテに記入します。
さらにお薬の処方、次回の外来の予約などがあります。一人の医者がパソコンで入力するのですから、時間がかかります。これに検査の予約もあります。そして傍には「待ち患者さん」の大量の外来ファイルが積まれていく……。
言い訳がましいといわれそうですが、この状況で詳しく患者さんが理解できるよう説明を繰り返すというのは、ちょっと無理があるのでは、と私は思います。
多忙な医者とうまく会話するコツ
最近は、業務過多を打開するために「代行入力」というシステムが入ってきました。これは、パソコン入力作業は事務の方が代行し、医者は患者さんとのコミュニケーションに集中するもの。残念ながら、まだ一部の病院、しかも一部の医師限定(部長など)で導入されているのが現状です。代行入力が広まれば、もっとゆっくり患者さんとお話ができるようになるでしょう。
では、時間がない医者への対策として、患者さんは何ができるでしょうか。私は次のことを提案させていただきたいのです。それは、
「あらかじめ医師に聞きたいことを、箇条書きでメモしておく」
非常に単純な話なのですが、メモするだけでずいぶん違います。「何が聞きたいのか」「何が不安なのか?」。医者がメモを見ればすぐにお答えできます。
ただし、初めての受診では「医師に聞きたいことさえ分からない」こともあります。そういう時には、下のシートを使ってください。病院によっては問診票がある場合も多いのですが、追加でこのシートも使うとより伝わりやすいでしょう。
【初めて医者にかかる時に使うシート】
- どんな症状が ( )
- いつから ( )
・ だんだん良くなってきた ・ 悪くなってきた ・ 同じくらい
- 一番辛かったのはいつ?
・ いま ・ ( )日前 ・ ( )時間前
- どんな時にその症状は悪くなる? ( )
- いま一番困っていることは? ( )
- お医者さんに聞きたいこと ( )
コミュニケーション力は学べる
ここまで医者が冷たい態度を取る理由について書きました。では、優しい(ように見える)医者、言い換えればコミュニケーションが上手な医者こそが、名医なのだろうか? という疑問が浮かびます。
あまり知られていませんが、コミュニケーション力はある程度学んで身に付けることができます。コミュニケーションとは才能ではなく、技術も重要であるという側面があるからです。これまで触れてきませんでしたが、医者はあまりコミュニケーションを学んでいません。これほど業務でコミュニケーション能力が求められるのに、です。
しかし、最近は、がん診療に携わる医師が、患者さんとのコミュニケーション方法を学ぶ場面が増えてきました。例えば、「悪いニュースの伝え方」です。医療現場における、難しいコミュニケーションの一つとして知られる「悪いニュースの伝え方」については、SHAREと呼ばれる技術が少しずつ知られてきました。
「悪いニュースの伝え方」にはコツがある
SHAREの表を見てください。上段「支持的な環境」の項に「プライバシーが保たれた、落ち着いた環境を設定する」とあります。
よく考えれば、看護師が冗談を言い合っているような騒がしいナースステーションの隅で、「あなたはがんです」と言われたら……「なんて配慮がないんだろう」と思いますよね。同じ告知でも、静かで落ち着いた個室で言われた場合とは、受ける印象はずいぶん違うでしょう。どれほど医者が思いやりを持って話しても、「ふざけるな」と思われることでしょう。
また、説明の途中に「ここまでで、質問はありませんか?」と促してくれる医者と、問いかけなしで最後まで一気にまくし立てる医者も、印象が違いますよね。良い医者はコミュニケーションも上手だと私は思います。
「名医本」は信頼できるか?
では、名医本に載っている名医はみなコミュニケーション力があるのか、というと、そうではありません。そもそも、この問い自体に私は違和感を覚えます。私は「名医」という言葉が好きではありません。
少し話がそれますが、名医とは、どんな医者なのでしょうか。
想像するに「他の医者には治せない病気を治す医者」といった意味でしょうか。それはどうやって測定するのでしょう。手術の成功率で測れるのかもしれませんが、患者さんの病状が違う以上、同率に比較することは無意味です。がんセンターでのがん患者さんの生存成績が良いのは、がん以外に糖尿病や心臓病などの病気を持っている患者さんの治療を断っているからです。病状が違うのに、比較はできません。
ちまたに出回る「名医本」もどうでしょうか。
なぜか私は掲載オファーをもらったことがありますが、正直信頼はあまりできません。名医本に常連として載っている医師であっても、手術が下手な医師もたくさん知っています。ここでは、「名医」という言葉ではなく、医師としての総合的な能力が高い人を「良い医者」と表現したいと思います。
私が考える「良い医者」の条件
私が考える「良い医者」とは、医師としての技術や知識がある上で、さらにコミュニケーション能力も高い医者です。はっきり言って、コミュニケーション能力が低い医者は「良い医者」とは言えません。それはなにも私の好みではなく、これから医療界に改革をもたらすAI (Artificial Intelligence;人工知能)に、人間の医者が勝つための必須スキルだからです。AIは遠くない将来、内科医のように患者さんの診断をし、外科医のように手術をするようになります。そのとき、人間の医者がAIより優れた能力を発揮できるのが「共感力」です。AIは正確な説明ができても、患者さんと一緒に落ち込み、悩みを共有した視点で治療を選択することはできません。
SHAREのようなコミュニケーションスキルを身につけ、目の前の患者さんの精神世界と深く関わる。それが、これからの医者に求められる姿勢でしょう。もちろん、今でもそれをやっている医師は大勢います。
この記事はシリーズ「一介の外科医、日々是絶筆」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
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