後から診察する医者はみな名医

 続いて2つめの「はっきりと病名を伝えて、後から違うと分かったら信頼を失う」について。

 医者なら誰でも強く同意いただけると思いますが、当初見込んでいた病名と、後から分かる病名が異なることは極めて日常的です。それを象徴する医者業界の言葉として、「後医は名医」という格言があります。

 後医(こうい)とは、患者さんを治療経過の「後」の方で受け持った医者のことです。「後医は名医」とは、「(時間的に)後の方になって患者さんを診たら、そりゃ全体像が分かるし診断だってつけやすい。治療もうまくいくだろう。だから後から担当した医者は名医のように見える」という意味です。

 「後医」の反対語は「前医(ぜんい)」です。これは、病気を発症した患者さんのファーストタッチをした医者のこと。「よく分からないけど具合が悪い」ような患者さんを、初めて診察した医者を指します。病気は一般的に、時間経過とともにだんだん病態が分かっていくことがとても多いため、前医は圧倒的に不利なのです。

 ですので、「前医は絶対に批判するな」ということも医者業界ではよく言われることです。その意味は、「後医である自分から見たら、前医は診断を間違え、見立ても狂っていて、トンチンカンな検査や治療をしている。しかしそれを責めるな」ということです。病気の診断をつけるには、それほど「経過した時間」が重要なのです。

 具体例をお示ししましょう。例えば「便に血が混じっていた」患者さんが病院にいらしたとします。もっとも高い可能性は頻度から考えると痔ですが、中には大腸がんの人もいるでしょう。クローン病や潰瘍性大腸炎の人もいれば、HIV(エイズウイルス)に感染してアメーバ腸炎の人もいるかもしれません。薬の副作用による薬剤性腸炎の可能性だってあるのです。これは、1カ月ほど様子を見るだけでも「血便の回数」「腹痛や下痢の頻度」などで分かってくることがあるのです(現実には様子を見ずに検査を進めますが)。

「時間」という検査が診断してくれる

 ですから、最初に1度診察するだけでは、その症状から考えられるあまりに多い選択肢から絞ることは難しいのです。慎重に必要な検査を受けてもらい、少しずつ候補の病気を狭めていく。医者はそんなことをしています。

 それを知っていただくだけでも、ちょっと安心していただけるのではないでしょうか。医者は、病名を当てることではなく、患者さんの辛い状態が少しでもよくなる、楽になることを目的に診療をしています。医者の言う「経過を見ましょう」「様子を見ましょう」は、何もせず放っておきましょう、と決してイコールではありません。時間が経ったら分かってくることがあるので、その時々で手を打っていきましょう、という意味なのです。「時間」という検査が診断してくれることが、医療には往々にしてあるということですね。

 もちろんご不安なら医者に聞いていただいて構いませんが、そういう意味ですので過度なご心配は不要です。

(参考文献)
「本邦における救急領域の医療訴訟の実態と分析」(本多ゆみえ、李慶湖、小林弘幸、日本救急医学雑誌24巻(2013)10号、p.847~856)
「The death of George Washington: an end to the controversy?」(Am Surg. 2008Aug;74(8):770-4)

■訂正履歴
本文中、HIVの表記を誤っていました。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2018/5/22 14:30]

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