もし日本の空港で同じことが起こったら……

 このニュースを2月に見てから私は、「もし日本の空港で同じことが起こったら、被害者を救命することはできるだろうか」と考えていました。テロの参考になる可能性があるため、やはり詳細に書くことはできませんが、ある程度までは書いてみます。この件については、友人の救急専門医とも直接、議論しました。

金正男氏殺害の現場となったクアラルンプール国際空港(写真=AP/アフロ)
金正男氏殺害の現場となったクアラルンプール国際空港(写真=AP/アフロ)

 同様の事件が発生するとしたら、成田空港か羽田空港だと考えられます。どちらかで発生した場合、どうなるか。被害者が1人だったと仮定し、シミュレーションをしてみました。

 まず空港で急に具合が悪くなった人がいたとします。椅子に座ってぐったりしているか、通路で倒れているのに周りの人が気づき、空港スタッフを呼びます。スタッフは現地でその人の容態を確認し、空港内のクリニックに電話をかけます。この流れは、実際に空港で働いている知人に聞きました。

 次に、倒れた人をクリニックに連れて行きます。もしそこで歩けなかったり、意識がなくなったりしたら、クリニックから医師に走ってきてもらいます。

 医師が到着し、倒れた人を診ます。ところが、すぐに原因は分かりません。

 「なんだ、これは! 心筋梗塞かアナフィラキシーショックか、それとも何かとんでもないことが体の中で起きているのか」

 こう頭の中で考えながら、原因は不明でも、ひとまず救命処置を行います。その場で処置ができない場合は、担架などでクリニックまで運んでから救急車を呼ぶか、あるいはその場で119番をすることになります。

心配停止状態で病院に運ばれて救えるか?

 もしマレーシアの一件と同じ状況だった場合、救急車を待っている間、あるいは救急隊が到着した頃にその人の呼吸が停止します。医師は、すぐに「バッグ換気」または「気管内挿管(そうかん)」と呼ばれる処置をします。これは、突然呼吸が停止してしまった人のために、道具を使って人工的に呼吸をさせる技術です。

 前者の「バッグ換気」は、ラグビーボールくらいの大きさの袋(バッグ)を使って呼吸させ、後者は人差し指ほどの太さのチューブを口から直接、気管の中に挿入し、それをバッグにつないで呼吸をさせます。

 とりあえずこれで呼吸はなんとかなり、救急隊が到着。病院へ搬送となります。

 ところが搬送の途中、心臓が停止。今度は心臓マッサージという、胸のあたりを両手でグッグッと、1分間に100回の速さで押す蘇生行為をします。肋骨は高い確率で骨折しますが、続けます。病院に到着するや、「CPAです!」という救急隊員の怒号とともにその人は救急室に運ばれます。CPAとは、心肺停止状態という意味です。

 そこから、救急医学の専門家である救急医が引き継ぎ、人工呼吸と心臓マッサージを続けながら「原因は何か」を探るため、様々な検査をします。採血、尿検査、レントゲン、心電図……。

 もしそこに、中毒に詳しい熟練の救急医がたまたま当番でいれば、瞳孔や多すぎる気道の分泌物を診て、「もしやこの患者さんは……」と、VXガスなどの化学テロの可能性を思い浮かべられるかもしれません。もし思い浮かべば、治療薬である「アトロピン」と「PAM(Pralidoxime Iodide)」を投与することも選択肢にあがるでしょう。もしこれらが投与されれば、救命できる可能性はあります。

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