「杖で歩くのがやっとの夫が認知症の妻を介護」の限界

 夫は老人性難聴で耳が遠く、耳元で、しかも大声で話さなければコミュニケーションが取れません。さらに変形性膝関節症を患っており、杖を使って歩くのがやっと。膝が痛むので、毎日、湿布を貼る必要があります。

 妻はアルツハイマー型認知症のため会話や意思疎通はほぼできず、時々、失禁もしてしまいます。妻の身の回りの世話は夫の担当。息子夫婦は車で1時間のいわき市に住んでいますが、仕事が忙しくなかなか来てもらえません。訪問介護の介護士さんが家に来るのは週に1度。最近は夫も物忘れが激しくなり、妻の糖尿病の薬を間違えて飲ませることも増えてきた――。

 もう、ギリギリなのです。生活も、その方々のいのちも……。

かかりつけ医の変更で医療が中断

 次に、医療の連続性の途絶。これは文字通り、本来は連続していなければならない医療が一度、分断されるという意味です。

 避難指示を受けて大急ぎで避難した人たちは、かかりつけの医師(かかりつけ医)の変更を強いられました。当のかかかりつけ医も避難しましたので、同じ医師による治療は一旦、途切れてしまったのです。

 通常、かかりつけ医を変更する場合、元の医師が変更先の医師に「紹介状」を書いて、その方の情報を共有します。ところが今回の震災では、十分な紹介状が書かれていないケースが多かったようです。紹介状にはその人の治療経過や内服薬などを詳細に書きますので、作成に少なくとも一通当たり15分はかかります。原発事故直後の避難では、医師にそんな時間的余裕がなかったのでしょう。他の手段としては「カルテの共有」もありますが、これも当時はあまりうまくいかなかったようです。

 これは医師としての本音ですが、主治医が代わってしまうとどうしても、医療の質が一時的に下がってしまいます。医師は長い長い経過(お付き合い)の中で、「この人は案外、この薬が効く」とか「本人は頑固だけど奥さんの言うことは聞くから奥さんから言ってもらう」といったコツみたいなものを学んでいきます。これらは通常、紹介状には書かれないので、次の医師に引き継がれることもありません。

 避難した人々の中には、かかりつけ医を変更せざるを得なかったことで治療が中断し、結果として健康を損なってしまった方が多かったようです。高野病院での診療で長くお話を聞いていくと、「先生が変わってしまって、薬もなんだか効かねえようになって……」と話し出す患者さんもいました。

 医療は連続性を失うと質が下がります。当たり前のようですが、私は高野病院でそれを強く実感しました。

夕暮れの高野病院
3月30日に行った、記者会見を後ろから撮ってみました