子供一家を都会に残して老夫婦だけが故郷へ戻る

 まず、家族との離別について。

 私がお会いした患者さんの多くは、かつて「祖父母」「子供夫婦」「孫」の三世代で住んでいたご家庭でした。避難を余儀なくされた時、いったんは三世代一緒に避難したものの、仮設住宅の広さが不十分だったり、子供夫婦の職場や孫の学校の場所が離れていたりして、祖父母と別れて暮らさなければならなくなった家庭が多かったようです。多くの家族が「祖父母」と「子供夫婦と孫」の二つに分かれました。

 その過程はこうです。事故から数年が経過すると、「子供夫婦と孫」の家族は避難先の福島県内の都市(郡山市やいわき市等)で生活の基盤ができ、移動しにくくなります。これはお孫さんの学校のことなどを考えると理解できますよね。

 一方で、「祖父母」の老夫婦の心には、生まれ育った(あるいは長年住んだ)故郷へ帰りたい気持ちが募ります。故郷には一軒家の自宅があり、勝手知ったる街がある。避難指示が解除になったら帰りたい。そう考えるお気持ち、とても良く分かります。

 その結果、子供一家をいわき市などの都市に残し、とりあえず祖父母夫婦の2人だけで帰郷する人が増えました。高野病院のある広野町にもこういう方が多く、特に高野病院の外来に通院してくるご高齢者の多くがこのパターンです。

避難から帰還した患者さんからいただいた、富岡町の桜の写真

避難指示でご近所付き合いが失われる

 避難指示が出て街から一旦、人がいなくなったことで、ご近所付き合いはほぼ消滅しました。ご近所さんが「隣のばあちゃん、なんか調子が悪いみたいでよ」と病院に知らせてくれることもなくなったのです。この「地域コミュニティーの喪失」は、特に独居のご高齢者にとって大打撃となりました。相互監視のシステムがなくなってしまったからです。

 家族との離別と地域コミュニティーの喪失が、どれほど健康に害を及ぼすかは想像に難くないでしょう。高野病院には、二人暮らしのご夫婦が来院することが多々ありました。お二人とも90歳近くで、病院に来るのですから少なくともどちらかの調子が悪いという状況でした。

 例えば、こんなご夫婦がいました(個人情報保護の観点から匿名としますが、内容は限りなくリアルです)。