こんにちは、総合南東北病院外科医長の中山祐次郎です。3月も半ばになりましたが、私の住む福島県郡山市ではまだまだ冷たい風が吹いております。去年の今ごろはわたくし、福島県の第一原子力発電所近くの高野病院におりました。あちらは「浜通り」と呼ばれるエリアで、郡山市や福島市のある「中通り」よりは常に2~3度気温が高いのです。こちらよりは暖かかったなあ、と思い出します。
先日は京都へ行って参りました。4月から住む家を探すためでして、試しに福島から飛行機で行ってみたのです。自宅→福島空港→伊丹空港→京都駅と、だいたい4時間くらい。新幹線乗り継ぎでも5時間かからないくらいですから、あまり飛行機のメリットはありませんね。新幹線の方がずっと同じところに座っていられるので仕事がはかどるのと、料金も半額以下でした(飛行機は空いておらずプレミアムクラスだったのもありますが)。
福島空港から伊丹まで、たった75分のフライトでした
上空からみた見知らぬ街。ここにも人々の暮らしが無数にあり、人生があると思うと胸がいっぱいになります
不動産屋さんを巡り、無事4月からの家も決まりました。場所はなんと京都大学から徒歩1分くらいのごくごく近い場所。今出川というところで、鴨川にも歩いて5分くらいの距離でした。これから学問をするにあたり、逍遥する場所が近くにあるというのはとても魅力です。近くにはこんなラーメン屋さんもありました。
美味しそうなラーメン屋「今出川」。近所にあって助かりました
「今出川ブラック」と言うそうです。ブラックはもともと富山ブラックが元祖で、いつか消化器外科学会で行った時に食べました。めちゃくちゃしょっぱかった記憶があります
さて、今回は「医者選び」というテーマでお話ししたいと思います。
医者の肩書にある「専門医」って?
医者には、医師免許の他に「専門医」という資格があります。病院のホームページを見ると、医師の肩書のところに「○○専門医」と書いてあるのが分かるでしょう。私が勤める病院のホームページには、私の名前とともに
などと書いてあります。
医師以外の方には、この専門医という資格がどれほど信頼に値するものなのか、分かりづらいと思います。そこで、かなりリアルな実情を書いてみました。なお、医者同士であっても他の科の専門医資格はあまりどんなものか分かりません。
専門医は「2階建て」構造
専門医は科によって取得にかかる苦労や難易度もまちまちです。よく言われるのが、「専門医は2階建て(あるいは3階建て)でできている」というもの。
外科の場合、この1階部分が外科専門医になります。平成25(2013)年時点で2万1275人が外科専門医資格を持っています。日本に2万人以上もいるんですね。55個ある広告可能な専門医の中で、最多の人数を誇ります。ちなみに次点は消化器病専門医(1万8876 名)、その次が整形外科専門医(1万7280名)です。
この資格を私が取ったのは、医者になって6年目のことでした。私は研修医で入植した病院の同期に外科医が4人おりましたが、私以外は全員5年目で取得していました。
実はこの資格には2回の試験があり、1回目は医師4年目に筆記試験を受けます。それに合格した者が、2回目の面接試験を受けるのです。私は1回目の筆記試験には合格したのですが、多忙を言い訳に2回目の試験の申請をし忘れたため1年遅れで受験をしたのでした。なんとも間抜け。
ちなみに1回目の筆記試験は、8割くらいが合格する試験です。最新のデータ(2017年度、第12回外科専門医試験)では968名が受験し、786名が合格。合格率は81.2%でした。
120件の手術執刀をしていなければ試験すら受けられない
正直なところ、この筆記試験はそれほど難しくありません。過去問を集めた問題集が市販されており、それをやるのとあとは日常の診療で学べば十分だと思います。ただし、これは「消化器外科」という胃腸や肝臓などを専門としている医師に限ったもので、肺を専門とする呼吸器外科医や、乳がんを専門とする乳腺外科医にとってはなかなか難しいようです。それもそのはず、試験問題の多くは消化器外科の問題だからです。私の印象では、「ふだんきちんと勉強しながら学んでいる消化器外科医ならだれでも合格する試験」と言えるでしょう。
しかしこの試験を受けるためには、いくつかの条件をクリアする必要があります。その条件とは、
- 120例以上の手術を執刀していること
- 350例以上の手術に参加していること
です。まず、120例以上もの手術を「執刀」せねばなりません。執刀とは、手術において「メス」と言って患者さんの皮膚を切ってから、悪いものを切除して最後にお腹を閉じて「ありがとうございました」までの大部分を行わなければならないということ。これを医者になって1~4年目くらいで経験するのは、なかなか大変です。もちろん今の私かそれより年長の医師が指導医として同じ手術に参加し、手取り足取りということになります。
乳がんから胃腸、外傷、心臓まで幅広く学ぶ
そして、後者の350例のなかには、同じような手術に参加すれば良いというわけではなく、まんべんなく色んな手術に参加する必要があり、このような縛りがあります。すなわち、
- 消化管および腹部内臓(50例)
- 乳腺(10例)
- 呼吸器(10例)
- 心臓・大血管(10例)
- 末梢血管(10例)
- 頭頸部・体表・内分泌外科(甲状腺など)(10 例)
- 小児外科(10例)
- 外傷の修練(10点)
です。これらを全て学んで初めて受験資格が得られるのですが、このハードルが高いのです。私も若手のころは、心臓の手術を学びに他の病院に3カ月泊まり込みで行ったり、外傷(おおけがのことです)の手術を経験するために救命センターに3カ月学びに言った記憶があります。
なお、この試験に受かった翌年に受ける面接試験では、ほとんど落ちないと聞いています。
外科専門医であっても一人で執刀できる手術があまりないことも
しかし、ここで大切なことを申し上げておきます。それは、「外科専門医を持っていても、一人で責任を持って執刀できる手術はあまりない」という点です。専門医という名前はかっこいいのですが、私のイメージではあくまでスタートラインに立った外科医、という印象です。医師6年目に外科専門医になったとき、「独力でできる手術」の少なさに唖然としたのをよく覚えています。
ちょっとややこしいのですが誤解ないようにお願いしたいのが、外科専門医だけを持っていても、そしてそれを持っていなくても、ハイレベルな外科医は存在するという点です。ややこしいのですが、この資格をなぜか取得せず、しかし第一人者としてバリバリ手術をしている医師も稀にいます。ですから、専門医とは、「その資格を持っていれば、ある一定以上の知識と技術があることが保証されている」くらいの資格として認識していただければ良いでしょう。
勉強をし過ぎた消化器外科専門医試験
そして、次の資格です。最初に示した図の2階建ての2階部分になります。1階目の外科専門医を持っていなければ取れない資格だからです。「消化器外科専門医」という資格は、外科専門医とは少し違う趣があります。これを取るために、私は結構な労力を費やしました。
この専門医を取得するためには、消化器外科に特化したより専門的な知識と技術を要求されます。そして、難易度が高いとされる手術の執刀100例に加え、全部で450例以上の手術参加が必要です。さらには筆記試験も難しく、私は試験前3カ月ほど、ほぼ毎日勉強をしました。医師15年目、40歳代半ばのベテランでも落ちる試験と聞いていたので、ビビッた私はスタディプラス(高校生や受験生が多く使う学習管理アプリです)というスマホアプリを使いました。後から計測された勉強時間を見てみると、実に合計100時間ほどを費やしており驚きました。さすがにちょっと勉強をしすぎたようで、試験当日は一番最初に解き終わり会場を出ることになりましたが。
こちらの試験も合格率は74.5%(2017年度)でしたので、外科専門医と同じくらいとなります。試験会場には、私より先輩の医歴(医者になってからの年数)の外科医もたくさんお見かけしました。
また、試験を受けるためには論文を3本以上自分で書いていなければならないなど、外科専門医とは比較にならない高いレベルが要求されます。ですので、こちらをもっている医者は「かなり高いレベルで消化器外科について専門性を有している」と言えると思います。一般的な「専門医」というイメージでは、こちらの消化器外科専門医がそのイメージに合うでしょう。
専門医制度は変わりつつあります
他の科の専門医資格では、私が聞いたところではだいたい消化器外科専門医と同じ程度の能力を求められるようです。医師になって6~8年目に取れる資格が多いです。つまり2階建ての2階部分ですね。どの科の医師も、キャリアを始める時には「あと何年で専門医を取る」ことを目標にしていることが多い印象です。
以上、医者の専門医について解説しました。まとめると、皆さんが医者を選ぶ際、「専門医は必ずしも必要ではないが、あったらある一定以上の水準は保証される」となります。
実は今、この専門医をどうするか色々と議論がなされていて、業界ではゴタゴタしています。専門医制度の導入が大学病院への医師誘導となり、地域医療に悪影響を及ぼすのではないかという意見が多く、運用規則が改定されるなどしています。あと数年後にはまたちょっと変わってくるかもしれませんが、原則は私が書いたような内容で良いかと思います。
ではまた次回、お会いしましょう。
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