ワンオペ医者の回診は「白い巨塔」ばり?

  一人の患者さんに対して最低20項目はあるでしょうか。これをまず頭に入れなければ何も始まりません。一応、私は国立大学の医学部を出ていますので、このくらいは1日もあれば余裕……などでは全くありませんでした。

 というか、どう考えても無理です。なので初日は、看護師さんから「この○○さんは認知症と誤嚥性肺炎の方で……」などと教えていただきながら、カルテを書いたり処方せんを書いたりしていました。

 その日は、回診の日でもありました。「回診」という単語を聞くと読者の皆様は、山崎豊子さんの名著『白い巨塔』(新潮社)に登場する「財前教授の回診」を思い浮かべるかもしれません。教授を先頭に、その後ろを40~50人もの医者がぞろぞろと続いて歩く“大名行列”のことです。大分、減ってきたようですが、今でもそのスタイルで回診をしている大学病院もあるようです。

 一方、私の回診はというと、医者はもちろん私ひとり。そこに看護師さんやヘルパーさんが付いて、患者さん一人ひとりのベッドサイドを回っていきます。場合によってはさらに、栄養士さんとリハビリの先生(作業療法士さんと言います)も加わります。

 ちなみに回診の時に医者がする行為は、専門の「科」によって全く異なります。例えば、外科であれば患者さんの手術創(キズ)を診てガーゼを換えますし、精神科であれば患者さんと対話をして状態を診ていきます。

日中の病室は、暖かな陽射しがベッドを照らす。飛び込みたくなる

90度の前傾姿勢でぎっくり腰寸前に

 私が高野病院でやっている回診は、内科の回診です。まず「今日の調子はどうですか」とうかがってから、目を指で「アッカンベェ」させて、貧血などがないかを見ます。そして首から下に鎖骨まで触っていき、リンパ節がはれていないかをチェックします。

 その後、胸の「聴診」で心臓の音と肺(=呼吸)の音を聞き、次にお腹に聴診器を当てて腸がグルグルと動く音を聞きます。続いて、お腹の打診(指でポンポンとたたき音を聞く)と触診(グリグリ押して異常が無いかを診る)をします。最後に足のむくみがないかを診て、おしまいです。

 患者さんに何かトラブルがあったら、職員の皆さんと話し合いながら対処法を決めていきます。トラブルの内容は、「目やにがひどい」「床ずれ(褥瘡と言います)が出来そう」「食事を食べられない」「夜、全く眠れない」「便秘」など、実に多岐にわたります。それら一つひとつについて、「様子を見ましょう」とか「目薬を出しましょう」などと判断したり、栄養士さんに「何か良い案はありませんか」と相談したりして、アクションを起こしていくのです。

 人間の体というのは空の天気と同じで、時々刻々と変わり行くもの。コッチの誰かが発熱したら、アチラの誰かがゲーゲーと吐き出す。かと思えば、ずっと元気だった人が急にグッタリする、なんてこともあります。

 予測しづらい、というより、予測不可能なのが人体なのです。そのため自然と、日々起こることの想定の範囲が広くなります。すなわち、「突然の死亡」まで想定しなければなりません。

 実は私、この回診を続けて腰を痛めてしまいました。患者さんは低いベッド(落下時のケガ予防です)に寝ているため、私は毎回、90度ほどの深いお辞儀をするような態勢で診察をします。これが腰に負担をかけてしまっていたようです。

 私はこれまで、ぎっくり腰に5回なり、重症で背中から麻酔を打ってもらったこともあります。もともと弱かった腰は回診ですぐに破壊され、湿布を貼る羽目になってしまいました。

 この時、こんなことが私の脳裏をよぎりました。

 「待てよ。このままぎっくり腰で動けなくなったら、この病院の診療は立ち行かなくなる。絶対にぎっくり腰になんてなれない」

 ワンオペの医者ですから、体には気をつけなければなりません。