11月6日の米中間選挙に向けて、トランプ大統領が「米国ファースト」の姿勢を強めています。その路線の下で激化しているのが米中貿易戦争です。GDP世界第1位と第2位との対立には、その影響も大きく、世界中が注目しています。
「この貿易戦争で、得をする者は誰もいない」と言われることもありますが、果たしてそうでしょうか。得をするのは誰か、損をするのは誰か。トランプ大統領自身が自覚しているかどうかは不明ですが、私は、長い目で見た場合、この政策は米国にとって非常に大きなメリットがあるのではないかと考えています。今回は、米中貿易戦争の先々の影響を考察します。
中間選挙の応援演説に飛び回るトランプ米大統領。選挙後の「米国第一」はどうなる?(写真:AP/アフロ)
大ダメージを受ける中国
米中貿易戦争が泥沼化しています。
今年7月6日、米トランプ政権は、知的財産権の侵害に対抗する制裁関税として、中国からの輸入品340億ドル相当に対する関税を課す措置に踏み切りました。すると中国は直ちに同規模の報復関税を発動。8月23日には米国が第2弾として、160億ドル規模の追加関税を発動しました。今度も中国は同じ160億ドル規模の報復関税を決めました。さらに米国は第3弾として9月24日に2000億ドル相当を対象に追加関税に踏み切り、中国が報復措置をとりました。
米国と中国は、世界2トップの経済大国です。2016年の米国のGDPは約19兆ドル、中国が約11兆ドル。全世界のGDPの推計値は、大まかな数字ですが80兆ドル弱と言われています。ちなみに、日本は約5兆ドルです。2つの経済大国による貿易戦争の影響は、世界経済にも大きな悪影響を及ぼす恐れがあります。日本経済も少なからぬ影響を受ける可能性があり、そのこともあって株価は大きく調整しています。
では、米中の熾烈な貿易戦争で、最も損をする国は、どこでしょうか。
答えは、間違いなく中国です。2017年の貿易統計によると、米国のモノの貿易赤字は7962億ドルであり、そのうち対中赤字は約半分の3752億ドルとなっています。一方、中国の貿易収支は4215億ドルの黒字。中国にとっては貿易黒字の大半を米国から稼いでいるという構図です。ちなみに、米国の貿易赤字の国別2位はメキシコの711億ドル、3位は日本で688億ドル(いずれも2017年、モノの貿易赤字)となっています。
つまり、中国としては、対米貿易でダメージを受けると、中国経済に大きな悪影響が出ることは間違いないのです。
また、米国と中国のそれぞれの輸出額の差が、米国から見た貿易赤字の3752億ドルですが、輸出額の大きな中国のほうが、当然のことながら制裁関税を課せられる対象がその分大きい、逆に言えば、中国は同じ額の制裁関税を米国にかけ続けることは理論上不可能で、そういった意味でも、中国には早晩「手詰まり感」が出てこざるを得ないのです。
「米国ファースト」で最も得をするのは、やはり米国
一方で、米中貿易戦争によって最も得をするのはどこでしょうか。それは、米国です。もちろん、米国も中国から輸入するモノの値段が関税分だけ上がりますから、企業にとっては原材料費の増加、消費者もその分の値上げの影響を受けます。短期的には、良いことはあまりありません。しかし、長期的には大きなメリットがあるのです。
先ほども触れましたが、米国のモノの貿易赤字は7962億ドルという膨大な額です。サービス収支の黒字分をそれに加味しても5827億ドルの赤字です。一般に貿易赤字が大きい国の通貨は下落しやすいはずですが、米ドルは暴落していません。なぜでしょうか。
答えは、米ドルが「基軸通貨」だからです。時々、専門家が「米国は、米ドルという紙を輸出して世界中からモノを買っている」と揶揄していますが、それは米ドルが最も信用のある通貨として世界中で流通しているからこそ可能なのです。
しかし、この構図がいつまでも続くとは限りません。19世紀半ば以降、英国のポンドが世界の基軸通貨でした。ところが、第一次世界大戦で欧州経済が疲弊したことから、基軸通貨は米ドルに取って代わられました。
同じように、米ドルが将来的に基軸通貨の座から下りる可能性はゼロではありません。もし、このまま中国が経済成長を続ければ、いずれは中国のGDPが米国を抜くこととなり、人民元が次世代の基軸通貨になるかもしれません。
もちろん、今のような為替管理をしている状況では基軸通貨にはなれませんが、おそらく中国は人民元が基軸通貨となることを狙っているでしょう。「一帯一路」政策を進める目的の一つにも含まれていると考えられます。
その裏付けになりそうな動きもあります。アフリカ諸国では、米国よりも中国からの経済支援を歓迎しているというのです。米国がアフリカ諸国に資金援助をする場合、人権問題について注文をつける傾向がありますが、中国は内政問題に干渉しないからです。為政者にとってうるさい米国より中国からの援助を積極的に受け入れるようになります。この傾向が拡大すると、人民元が基軸通貨に近づく後押しになるでしょう。
では、人民元の勢いを止めるには、どうすればいいか。
中国経済の力を弱めることが最も効果的です。トランプ大統領がそこまで考えているかどうかは分かりませんが、米国ファーストは、捉え方によっては米ドルの基軸通貨の地位をできる限り長く守るための有効な策とも考えられるのです。
軍事的、経済的、政治的に中国を弱めるための政策
もう一つ、忘れてはならないのは、米中の間には軍事的な対立もあるということです。ここで中国経済を弱めておけば、米国は軍事的な優位性をも維持することができます。
米国にとっては、軍事的、政治的、経済的に考えると、米中貿易戦争で多少の経済的損失はあったとしても自国の覇権を守る方が大きなメリットがあります。特に、米ドルが基軸通貨の地位を維持できる期間が長くなれば、その意義は非常に大きいと言えます。
今、トランプ大統領が欲するものは、お金ではありません。すでに経済人として成功しています。では、何を見据えているかと言えば、「名誉」ではないでしょうか。政治家として、米国大統領として、自国が将来的に成長していくためにはどうすべきか。彼はこの点を最も重視しているのではないかと思います。
米国ファーストは、単純に中間選挙に勝つための施策にみえますが、中長期的には、「肉を切って骨を断つ」という戦略であるとも捉えられるのです。そう考えると、トランプ大統領の打ち出す政策はある意味天才的ではないかとすら感じます。
さらに、米国の主要産業の一つである自動車の先行きも考慮されている可能性があります。米国は、中国のEV(電気自動車)化を危惧しているものではないかと思うのです。
年間3000万台を生産する世界最大の自動車生産国となり、米国を大きく上回った中国ですが、精密な技術が必要なエンジンを使う現在の自動車では日本や欧米のメーカーに一日の長があります。
そこで中国政府が打ち出しているのはEV化です。EVでは部品の点数も減り、中国メーカーが相対的な競争力を持てるとみているのです。もちろん、PM2.5等への環境対策にもなります。共産主義国ですから、政策を打ち出すことで、一気にEV化が進む可能性があります。中国の自動車産業が急速に拡大し、輸出国となることも考えられるのです。
司馬遼太郎さんは、「欧州やアジアは文化の国、米国は文明の国」と表現しています。文化の国は外国のものに排他的な面がありますが、文明の国は「いいものであれば、受け入れる」という傾向があります。
もし、中国でEV化が進み、高性能かつ価格が安い自動車メーカーが誕生すれば、米国人は中国の電気自動車を積極的に購入するでしょう。地球環境に対する意識の高い層も増えていますので、ますます電気自動車の需要は高まると思われます。
中間選挙後、米国ファーストはますます強硬になる
問題は、米中貿易摩擦がいつまで続くのか。どこまでエスカレートしていくのか。
11月6日に控える米中間選挙では、全員が改選される下院では与党の共和党が負けるのではないかとの見通しが強まっています。実際にどうなるかは分かりませんが、今のところ、世論調査をベースに考えると負ける可能性は高い。
中間選挙で共和党が勝利すれば、トランプ大統領はもちろんこのまま米国ファースト路線を維持するでしょう。では負けた場合はどうなるのか。負け方にもよりますが、次の大統領選のために、より強硬に米国ファーストを進める可能性が高いと私は考えています。
つまり、どちらに転んでも、米国ファーストが強化される可能性が高いというわけです。
トランプ大統領がどこまで考えているかは分かりませんが、米国ファーストは、ここまで説明したように中長期的には米国にとって大きなメリットがあると私は考えます。対抗策が限られる中国は、貿易摩擦による経済の失速を見据え、国内の景気対策に乗り出しています。しかし、劣勢に立っていると見なされ、人民元売りも進んでいます。
今後しばらく、中国経済は厳しい状況が続くのではないでしょうか。習近平国家主席は、米中間選挙後も貿易摩擦が続くシナリオを最も恐れているでしょう。
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