8月、私は約20年ぶりにモンゴルを訪れました。日本の4倍を超える156万平方キロメートルの国土に人口は300万人超しかいません。世界で最も人口密度が低い国と言われています。確かに郊外に出ると大草原が広がり、今でも遊牧民の移動式住居「ゲル」を見ることができます。しかし、都市部には20年前にはなかった近代的なビルが多く建っていました。車もとても多く走っていました。(冬は寒い地域なので、自転車やバイクはほとんど見かけませんでした。)日本で中古車となった古い世代のトヨタ自動車の「プリウス」がとても多く走っているのには驚きました。とても人気があるそうです。

 民主化から約25年、急速に経済が発展したことがうかがえます。今回、私が訪れた企業グループも、活力があふれていました。今後の成長が期待できるモンゴルについて考えてみたいと思います。

経済発展で購買力も高まり、首都ウランバートルには高級ブランド店も(写真:ロイター/アフロ)

訪問先企業の上層幹部のほとんどが日本留学経験者

 モンゴルは、ソ連崩壊の影響で、1992年に「モンゴル人民共和国」から「モンゴル国」へと国名を改め、共産主義から資本主義に移行しました。首都ウランバートルは、モンゴル語で「赤い英雄」を意味しますが、それはかつての共産主義の名残です。

 私が以前にモンゴルを訪れたのは、資本主義に転換して4年ほどたった1996年夏でした。国連開発計画(UNDP)に依頼され、現地の企業家たちに向けて資本主義での企業経営や戦略論、会計論などを講義しに行ったのです。

 当時、首都には外国人が泊まるようなレベルのホテルが全くありませんでした。インフラも不十分で、モンゴル通産省の会議室で講義を行ったのですが、講義の最中に突然停電が起こり、そのまま停電が2時間ほど続いたこともありました。

 それからおよそ20年。モンゴル国内はすっかり様相が変わっていました。特に都市部は急速に発展していて、人口の約45%が首都ウランバートルに集中しています。近年では、暖房から排出される煙や自動車の排ガスなどによる大気汚染の問題が深刻化しているそうです。

 モンゴルの2016年の名目GDPは23兆8864億トゥグルグ(約111億6000万ドル)。10年前と比較すると約5倍に伸びています。ちなみに、日本は約5兆ドルですから、比較すると2.2%ほどの経済規模となります。人口が日本の3%弱ですから、まずまずだと言えます。

 今回、私はモンゴルの企業で講演をするために訪れました。創業者は、一代で計18企業を束ねる巨大グループに成長させ、今では約1万人を雇用しています。日本との合弁で銀行、トヨタ自動車のディーラー、カシミアの製造、ホテルなど、様々な事業を手掛けるコングロマリットです。そのグループの幹部、約300名に対して講演を行ったのです。もちろん、日本語をモンゴル語に通訳してもらってです。

 この企業の幹部たちと交流する中で、いくつかのことを感じました。一つは、モンゴルは極めて親日的な国だということです。代表者を含め、上層部約20人は皆、ほとんど完璧な日本語を話します。一般的な日本人以上に正しい日本語を使うのです。少し難しい言葉を使っても全く問題はありませんでした。通訳してくれたのも、30歳過ぎの幹部のひとりでした。

 なぜかというと、この企業の幹部のうちの20名ほどは日本の国立大学、あるいは大学院を卒業しているからです。大学で良い成績を取れば奨学金が支給されるとのことで、日本に留学して、居酒屋などでアルバイトをしながら大学や大学院に進学した人たちが、企業の中枢にいるのです。日本企業の奨学金もあるとのことでした。

 日本に留学体験のない人たちも含めて、彼らは日本に対してとても好感を持っています。特に留学経験のあるエリート層は非常に親日的です。日本では、モンゴルというと白鵬をはじめとする力士のイメージが強いですが、こうした日本への留学経験のあるビジネスパーソンたちの存在も日本にとってはとても心強いものです。