もちろん政府は、日米の2国間交渉になるとTPPよりハードルが上がることを分かっています。だからこそ、TPP11を進めることで、「日米交渉では、この条件が最低ラインになりますよ」ということを国民に周知しておきたいのだと思います。

 先にも触れましたが、米国はまず、農業部門の交渉から始める可能性があります。その取引条件として、「自動車貿易の不公正を是正せよ」と言ってくるのではないでしょうか。

 トランプ大統領は、結果の平等を求める人です。日本から米国に輸出されている自動車は年間170万台超であるのに対し、米国から日本に輸出されている自動車は2万台程度しかありません。そして米国の対日赤字の最も大きなものも自動車です。

 トランプ大統領は、とにかく米国の雇用を守りたいと考えています。特にラストベルトと呼ばれる中西部の雇用です。この地域で働く「プアホワイト」と呼ばれる白人低所得者層は、トランプ氏の強い支持基盤ですからね。

 その点を考えますと、トランプ政権にとって輸入が多いという状況は大敵です。特に自動車は、日本からの輸入が多い分野です。農産物が日本から入ってくる可能性はほとんどありませんが、自動車輸入の規模は無視できません。ただし、トヨタ自動車やホンダ、日産自動車などは米国でも多くの雇用を生んでいます。米国経済にも多大な貢献をしています。米国政府としては、自動車分野での貿易不均衡はもちろん見過ごせないと考えているでしょうが、日本の自動車業界は、ある意味、米国にとって良いパートナーでもあるわけです。ですから、プレッシャーをかけながらも、関税を強化するという選択肢よりも、自動車メーカーや部品メーカーのさらなる対米進出をうながすという構図を描いているのではないでしょうか。

 日本からの自動車の輸入にプレッシャーをかけながらも、まずは、米国は日本に「もっと農産物を買え」と、具体的に数量や金額で要求してくる可能性があります。

米国は「スーパー301条」を復活させる可能性がある

 私は日米経済対話の開設が決まった時、1989年から1990年の間に開かれた「日米構造協議」を思い出しました。冷戦構造が崩壊に向かいつつあった時期です。貿易摩擦解消のために開かれたこの会議でも、米国は結果の平等を強く求めてきたのです。

 当時、米国は「スーパー301条」を定めて日本に強硬な姿勢で貿易交渉を行いました。スーパー301条とは、米国が不公正だと判断した貿易相手国に対して、関税撤廃を要求したり、その国からの輸入品に対する関税を引き上げたりという報復措置をとる法律です。これは2001年以降失効していますが、日米交渉の行方によっては同様のものを復活させる可能性があります。

 ただ、気になる点があります。なぜトランプ政権発足以降、今までのところ、米国は日本に強硬的な姿勢で交渉をしてこないのでしょうか。

 理由は、閣僚や連邦職員の要職の承認が遅れているからです。通商代表部(USTR)の代表に、ようやく5月11日にライトハイザー氏が就任。さらには農務長官の承認も4月24日まで遅れた上、連邦職員の政治任用者も554人のうち8割以上がいまだに決まっていない状態です(5月19日時点)。

 通商交渉の中核を担うロス商務長官、USTRのライトハイザー代表は、いずれも保護主義で対日貿易赤字に強硬的な姿勢を見せています。とくにライトハイザー氏は対日、対中強硬派で知られています。トランプ政権の対日交渉チームの態勢が整ってきたら、すぐに日本に向けて厳しいことを言ってくるのではないかと私は懸念しています。今後、新聞紙上などでライトハイザーという名をよく見かけるようになると、対日経済交渉が熱を帯びてきているということではないでしょうか。

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