損益分岐点から見る携帯電話事業とITの収益構造

 ここで「損益分岐点」という観点から、携帯電話事業と、eコマースなどのIT事業の収益性を分析してみましょう。

 損益分岐点とは、損失が出るか利益が出るかの境目となる売上高のことです。ここに達するまで売り上げを伸ばさなければ、利益は出ないということです。

 何か事業を行うとき、必ず「固定費」と「変動費」がかかります。鉄鋼業や携帯電話事業のような装置産業は、多額の設備投資が必要なので、その減価償却費や維持費などの「固定費」がすごくかかります。固定費とは、売り上げが多くても少なくても一定にかかる費用です。

 一方、「変動費」はどうでしょうか。変動費とは、原材料費や配送費など、売り上げが増えるほどかさむ費用のこと。装置産業は、比較的変動費はかかりません。とくに、携帯事業の場合には、契約数が増えても変動費はほとんどかからないと言えます。

 装置産業の特徴は、固定費が大きいため損益分岐点に達するまではかなり売り上げを出さないといけませんが、変動比率が比較的小さいため損益分岐点を超えてしまえば得られる利益は非常に大きい、ということです。反対に、損益分岐点を切ってしまうと、多額の赤字が出てしまいます。もちろん、携帯事業もそれにあてはまります。

 ですから、少々値段を下げてでもトータルの売り上げを増やすことが重要になります。携帯電話各社は、大幅値引きをしてでも契約数を増やしたいのはそのためです。

 一方、卸売業や小売業などの流通業は、固定費はそれほどかかりませんが、完成品の仕入れが必要ですので変動費が比較的多くかかります。流通業は、利益が出るところまでは比較的達しやすい反面、損益分岐点を超えても、変動比率が比較的高いため利益がそれほど大きくなりにくいという特徴があるのです。

 IT産業はどうでしょうか。IT産業は、固定費も変動費もそれほど必要としない夢のような業種です。極端な話パソコン1台でも始められます。そして、損益分岐点が非常に低い上、それを超えると莫大な利益を得られます。当たれば非常に儲かるのです。

 ただ、多額の設備投資を必要としないので参入が比較的容易であり、競争が非常に激しいのが難点です。

 では、このIT業界で勝ち抜くためには、何が必要でしょうか。

 それは、提供するサービスの利便性やユニークさに加え、知名度、ブランド力です。インターネットのサービスを利用するとき、ほとんどの人は「どの企業のサービスなら信用できるだろうか」と考えるのではないでしょうか。そこで大きな武器になるのが、知名度やブランド力です。楽天が東北楽天ゴールデンイーグルスを設立したのも、知名度やブランド力を高める狙いがあったからではないかと思います。

 IT業界は、画期的なサービスに知名度やブランド力が加われば、驚異的な利益を生み出すことができます。フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグCEOが株式の上場で巨額の富を築いたのも、マイクロソフトのビル・ゲイツ氏が世界有数の大富豪になったのも、このような収益構造があったからです。ですから、同じ努力をするのであれば、理論的にはIT事業に挑戦したほうが得だと言えます。

なぜ、リスクの高い携帯電話事業に参入したのか

 楽天は収益力の高いIT事業に注力してきましたが、ここへ来て莫大な設備投資を要する装置産業の携帯電話事業に参入しようとしています。ところが、米国の主要なIT企業、フェイスブックやグーグルなどは、ビジネスモデルを全くと言っていいほど変えていません。IT業界にとどまり収益力の高い事業に集中し続けています。

 なぜ、楽天はコストのかかる事業を展開しようとしているのでしょうか。

 eコマースの競争が激化していて、なかなか伸びにくいということですが、楽天の主要マーケットが日本国内だからという要因が大きいと思われます。同社は欧米にも進出していますが、海外比率は全体の収益のうち20%程度しかありません。

 さらに、アマゾン・ドット・コムなどの強力なライバルが現れ、シェアを脅かされています。米国企業に食われているわけです。

 携帯電話事業は、巨額の設備投資が必要であることから参入障壁の高い事業です。その半面、障壁の高さがある一定額以上の資金を持たない企業の参入をさまたげ、損益分岐点を超えた場合には、巨額の利益につながります。そこに到達できれば、大きな利益を得ることができるというわけです。

 ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長は、最初はソフトウエアを販売する小さな企業をつくり、地道にファイナンス力をつけた後、ADSLの事業に着手しました。さらにその後、資金調達能力をさらに高めてついに携帯電話事業に参入し、2兆円もの莫大な借金をしてボーダフォンを買収。16年7月には約3兆3000億円を投入して、英国の半導体設計会社ARMホールディングスを買収しました。

 つまり、孫社長は資本の優位性を活かせる業界、つまり参入障壁は高いけれどもひとたび損益分岐点を超えれば大きな利益が入ってくる業界に進んでいったのです。楽天もそこを狙っているのでしょう。

 携帯電話市場の2017年12月末時点でのキャリア別シェアは、NTTドコモが44%、KDDI(au)が30%、ソフトバンクが26%となっています(契約数、MVNOへの回線提供分を含む)。これまでは3社の寡占状態でしたが、ここから楽天がどれだけシェアを奪えるのか。楽天が参入することで、携帯電話の使用料がどれだけ下がるのか。基地局などを維持するために、設備投資を継続できるのか。これらの点に注目しています。