楽天がNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクに次ぐ「第4のキャリア」として携帯電話事業へ参入します。4月9日には、総務省が楽天を携帯電話事業者として条件付きで認定。2019年10月からサービスが開始される予定で、2028年度末までに1000万件の顧客獲得を目指します。
同社は2014年からNTTドコモの回線を借りた格安携帯電話サービス「楽天モバイル」を展開してきましたが、回線使用料を支払うビジネスモデルに限界を感じたとして、自前で通信網を持つ携帯電話事業に舵を切りました。
ところが、市場の反応は複雑でした。楽天が昨年12月14日に携帯キャリア参入を表明した直後、同社の株価は大幅安となりました。携帯電話事業は莫大な設備投資を要しますから、負担が大きいのではないかとの懸念が広がったのです。
楽天の携帯事業参入に、勝算はあるのでしょうか。
携帯電話事業に参入した楽天は2019年のサービス開始を目指す(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)
競争が激化するeコマース事業の強化狙う
まずは、楽天の業績から見ていきましょう。17年12月期の売上収益は、前年同期比20.8%増の9444億円。営業利益は同比90.2%増の1493億円。売上高営業利益率は15.8%ですから、利益率の高いビジネスをやっていることが分かります。
楽天株式会社 2017年12月期決算 (単位:百万円)
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楽天市場及び
楽天トラベル |
楽天カード |
楽天銀行 |
その他 |
外部顧客からの
売上収益 |
2016年12月期 |
194,591 |
108,829 |
59,621 |
418,875 |
781,916 |
2017年12月期 |
211,191 |
126,689 |
62,612 |
543,982 |
944,474 |
楽天は、ECサイト「楽天市場」や「楽天トラベル」などのeコマース、それから、「楽天カード」「楽天銀行」「楽天証券」などの金融事業が主力事業となっています。製品・サービスごとの収益は、「楽天市場及び楽天トラベル」の収益が2111億円、「楽天カード」が1266億円、「楽天銀行」が626億円です。金融事業とECビジネスの強さを基盤として持っているのです。
会社全体として今のところ高い利益率を維持していますが、eコマース自体の競争が激しくなっており、ネット通販大手アマゾンなどが強力なライバルとして存在感を高めています。そこで、顧客基盤など現在の強みを活かしてもう一段階収益力を高めるために、「第4のキャリア」を目指したわけです。
なぜ、携帯電話事業だったのでしょうか。狙いは、自社の持つ楽天のサービス全体の顧客数を武器にした「囲い込み」です。
楽天は、今年1月に米ウォルマート・ストアーズと提携、さらには野村ホールディングス傘下の朝日火災海上保険を買収し、損害保険事業にも参入することを発表しました。
eコマースのみならず多様なサービスを展開し、その中で独自のポイント制度を導入することで、楽天の中での経済圏を構築しようとしているのです。その一環として、携帯電話事業も組み入れていこうという戦略です。
ところが、そこに大きな期待ができるかといえば、微妙なところです。携帯電話事業とは、膨大な設備投資を要する「金食い虫」事業です。一部の報道では、自前の回線を整備するためには基地局含め約6000億円の投資が必要だといわれています。
楽天の現在の収益力から見ればその投資は可能ですが、携帯事業に参入しても、その後も続く膨大な設備投資を維持していけるだけの十分なリターンを上げていけるのか。ここは、既存3キャリアとの真っ向勝負ですから、厳しい戦いが予想されます。
損益分岐点から見る携帯電話事業とITの収益構造
ここで「損益分岐点」という観点から、携帯電話事業と、eコマースなどのIT事業の収益性を分析してみましょう。
損益分岐点とは、損失が出るか利益が出るかの境目となる売上高のことです。ここに達するまで売り上げを伸ばさなければ、利益は出ないということです。
何か事業を行うとき、必ず「固定費」と「変動費」がかかります。鉄鋼業や携帯電話事業のような装置産業は、多額の設備投資が必要なので、その減価償却費や維持費などの「固定費」がすごくかかります。固定費とは、売り上げが多くても少なくても一定にかかる費用です。
一方、「変動費」はどうでしょうか。変動費とは、原材料費や配送費など、売り上げが増えるほどかさむ費用のこと。装置産業は、比較的変動費はかかりません。とくに、携帯事業の場合には、契約数が増えても変動費はほとんどかからないと言えます。
装置産業の特徴は、固定費が大きいため損益分岐点に達するまではかなり売り上げを出さないといけませんが、変動比率が比較的小さいため損益分岐点を超えてしまえば得られる利益は非常に大きい、ということです。反対に、損益分岐点を切ってしまうと、多額の赤字が出てしまいます。もちろん、携帯事業もそれにあてはまります。
ですから、少々値段を下げてでもトータルの売り上げを増やすことが重要になります。携帯電話各社は、大幅値引きをしてでも契約数を増やしたいのはそのためです。
一方、卸売業や小売業などの流通業は、固定費はそれほどかかりませんが、完成品の仕入れが必要ですので変動費が比較的多くかかります。流通業は、利益が出るところまでは比較的達しやすい反面、損益分岐点を超えても、変動比率が比較的高いため利益がそれほど大きくなりにくいという特徴があるのです。
IT産業はどうでしょうか。IT産業は、固定費も変動費もそれほど必要としない夢のような業種です。極端な話パソコン1台でも始められます。そして、損益分岐点が非常に低い上、それを超えると莫大な利益を得られます。当たれば非常に儲かるのです。
ただ、多額の設備投資を必要としないので参入が比較的容易であり、競争が非常に激しいのが難点です。
では、このIT業界で勝ち抜くためには、何が必要でしょうか。
それは、提供するサービスの利便性やユニークさに加え、知名度、ブランド力です。インターネットのサービスを利用するとき、ほとんどの人は「どの企業のサービスなら信用できるだろうか」と考えるのではないでしょうか。そこで大きな武器になるのが、知名度やブランド力です。楽天が東北楽天ゴールデンイーグルスを設立したのも、知名度やブランド力を高める狙いがあったからではないかと思います。
IT業界は、画期的なサービスに知名度やブランド力が加われば、驚異的な利益を生み出すことができます。フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグCEOが株式の上場で巨額の富を築いたのも、マイクロソフトのビル・ゲイツ氏が世界有数の大富豪になったのも、このような収益構造があったからです。ですから、同じ努力をするのであれば、理論的にはIT事業に挑戦したほうが得だと言えます。
なぜ、リスクの高い携帯電話事業に参入したのか
楽天は収益力の高いIT事業に注力してきましたが、ここへ来て莫大な設備投資を要する装置産業の携帯電話事業に参入しようとしています。ところが、米国の主要なIT企業、フェイスブックやグーグルなどは、ビジネスモデルを全くと言っていいほど変えていません。IT業界にとどまり収益力の高い事業に集中し続けています。
なぜ、楽天はコストのかかる事業を展開しようとしているのでしょうか。
eコマースの競争が激化していて、なかなか伸びにくいということですが、楽天の主要マーケットが日本国内だからという要因が大きいと思われます。同社は欧米にも進出していますが、海外比率は全体の収益のうち20%程度しかありません。
さらに、アマゾン・ドット・コムなどの強力なライバルが現れ、シェアを脅かされています。米国企業に食われているわけです。
携帯電話事業は、巨額の設備投資が必要であることから参入障壁の高い事業です。その半面、障壁の高さがある一定額以上の資金を持たない企業の参入をさまたげ、損益分岐点を超えた場合には、巨額の利益につながります。そこに到達できれば、大きな利益を得ることができるというわけです。
ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長は、最初はソフトウエアを販売する小さな企業をつくり、地道にファイナンス力をつけた後、ADSLの事業に着手しました。さらにその後、資金調達能力をさらに高めてついに携帯電話事業に参入し、2兆円もの莫大な借金をしてボーダフォンを買収。16年7月には約3兆3000億円を投入して、英国の半導体設計会社ARMホールディングスを買収しました。
つまり、孫社長は資本の優位性を活かせる業界、つまり参入障壁は高いけれどもひとたび損益分岐点を超えれば大きな利益が入ってくる業界に進んでいったのです。楽天もそこを狙っているのでしょう。
携帯電話市場の2017年12月末時点でのキャリア別シェアは、NTTドコモが44%、KDDI(au)が30%、ソフトバンクが26%となっています(契約数、MVNOへの回線提供分を含む)。これまでは3社の寡占状態でしたが、ここから楽天がどれだけシェアを奪えるのか。楽天が参入することで、携帯電話の使用料がどれだけ下がるのか。基地局などを維持するために、設備投資を継続できるのか。これらの点に注目しています。
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