私は、この「銀行からの借り入れがない」という状況が、2年前の父娘間の対立を深めてしまった原因の一つなのではないかと考えています。一般的に、同族会社が親子間の対立などで揉めた場合は、取引銀行の支店長や役員、大塚家具などの大きな会社の場合なら頭取などが出てきて仲裁に入ることがあります。銀行は融資をしている立場ですから、発言権が強いのです。

 ところが、大塚家具は融資をまったく受けていませんから、銀行という仲裁役がいませんでした。おそらく他にも仲裁に入れる人がいなかったのでしょう。こういった構図から、父娘の対立が激化していったのではないでしょうか。

「新生・大塚家具」が大失敗した理由

 かつて大塚家具は、業界最大手の家具メーカーでした。父・勝久氏の高級路線が大当たりして1990年後半から業績が急速に伸びていき、2001年に営業利益がピークに達しました。以降は横ばいながらも好景気の波に乗り、2007年まではピークの時ほどではないもののある程度の水準を維持。ところが2008年のリーマン・ショック以降、みるみる悪化していきました。

 かつて同社は高価格帯の家具を取り扱い、一人ひとりのお客様にコンシェルジュのような販売担当者がついて営業をするというやり方で販売していました。景気のよい時代には、こういった「ワンランク上の家具店」は人気を集めていましたが、2008年以降に不況がやって来ると、消費者は低価格商品を求める傾向が強まり、従来の方法では収益が伸びにくくなってしまいました。勝久氏が続けてきたビジネスモデルが時代に合わなくなってきたと言えます。

 業績悪化に歯止めがかからないまま2015年を迎え、ついに久美子氏は、「これまでの高級路線を見直して、幅広い層のお客様が来てくれるような店舗にするべきだ」と主張し始めました。ここから、「高級路線を貫く」と主張する父との対立が始まります。

 結局、激しい内紛劇を経て、経営権は久美子氏の手に渡り、「新生・大塚家具」がスタートしました。大幅な値下げを行ったり、若年層が好むようなラインナップを増やしたり、「必ず販売担当者がつく」という従来のスタイルを廃止するといった戦略を次々と打ち出していきました。

 ところが、これらの戦略は結果をともなうものではありませんでした。来客数は増えたものの、業績の回復には至らなかったのです。

次ページ 「回転率の差」に表れた戦略ミス