裁量労働制を巡って厚生労働省が不適切なデータを作成していた問題がクローズアップされている働き方改革ですが、本格的に企業が取り組み始めてから、約1年が経過しました。企業には今、大きな変革の波が押し寄せています。

 働き方改革の大きな柱は2つ、「同一労働同一賃金」と「長時間労働の是正」ですが、並走するように、賃上げ圧力も高まっています。

 帝国データバンクが発表した2018年度の賃金動向に関する企業の意識調査では、正社員の賃金改善を見込むと回答した企業は56.5%(前年度は51.2%)にのぼり、2006年1月の調査開始以降最高の数字となったそうです。経団連も2018年の春闘に向けた指針の中で、「3%の賃上げ方針」を明記しました。

 生産性を上げながら、従業員の残業時間を削減し、なおかつ3%の賃上げを実施する。すべて実現できれば素晴らしいことですが、大多数の企業にとっては極めてハードルの高い目標です。

 そして、私は大企業がこの改革を進めていくと、大きな問題が起こるのではないかと懸念しています。また、本質的には、宅配便の値上げも同じ問題をはらんでおり、すでに下請け企業に影響が出始めています。同じことが大企業の賃上げでも起こることを心配しています。

矛盾する「資本効率の向上」と「賃上げ」、「働き方改革」

 近年、大企業は「資本効率の向上」を大きな目標として掲げています。その大きなきっかけとなったのは、2014年8月、経済産業省が「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクトの最終報告書を発表したことでした。この座長を務めたのが一橋大学大学院商学研究科の伊藤邦雄教授(当時)で、そこから通称「伊藤レポート」と呼ばれています。

 同レポートでは、日本経済の低成長が長い間続いている最大の原因は、日本企業の利益率が低く、資本効率が低いことだと指摘した上で、「日本企業はROE(自己資本利益率)8%を最低ラインとして、その上を目指すべき」と具体的な目標を提示しました。

 その結果、多くの大企業が努力を重ね、昨年の時点で8%の水準は到達しています。一部の企業では、目標値を10%まで引き上げています。私が関わっている上場企業でも、ROEの数値を経営の重点目標としているところが少なくありません。

 賃上げ圧力、働き方改革、ROE目標。この3つが重なりますと、どんなことが起こるでしょうか。

 人件費を上げるということは、コストが上がるということです。その一方で利益率も高めなければなりません。ここで矛盾が生じるわけです。

 もし、経済が順調に成長し、市場が拡大していれば、収益が増え賃金も上がるという好循環を起こすことができます。ところが、残念ながら現在の日本経済の足腰はそれほど強くありません。

 国内市場が十分に成長しない中、経団連が「賃金を3%上げる」と言いますと、株主たちからは、「賃上げをするのは構わないが、利益を伸ばしてくれ」という声が上がります。すると企業としては、人件費以外の経費を削減せざるを得なくなるわけです。

 また、人手不足から、宅配便の値上げが相次いでいます。これも企業にとっては少なからぬコスト上昇要因ですが、それも、売り上げや利益が上がる状況でなければ、他のコストを削ることで対応するしかありません。

 その結果、何が起こるか。私が懸念するのは、いわゆる下請け企業にしわ寄せが向かうことです。宅配便の値上げは政府には関係のないことでしょうが、政府は「下請けいじめ」のリスクを考慮した上で働き方改革を打ち出しているのでしょうか。