2018年12月、QRコード・バーコード決済サービス「PayPay」が決済金額の20%を還元するキャンペーンを展開して話題を集めました。
連日、家電量販店のレジには長蛇の列ができました。決済した全額が一定の割合で還ってくる、という、射幸心をくすぐるプロモーションも奏功したのでしょう。「ひょっとしたら自分も…」と、キャンペーンがなかったらぎりぎりためらって買わずにいたものについ手を伸ばしてしまったという消費者も多かったようで、還元総額としてあらかじめ設定されていた100億円はわずか10日間で尽きてしまいました。
その後、PayPayに不正利用の問題が浮上するなど単純な成功事例としてとらえるべきかどうかについては議論の余地はありますが、少なくとも、一連のPayPay騒動が多くの日本人にとって「QRコード決済」というものを体験する最初の機会をもたらしてくれたということは間違いありません。
そんなに便利ではないが…
ここで「便利なキャッシュレス決済サービスがいよいよ日本にも普及する端緒を開いた」と書きたいところですが、この稿で書きたいことは別にあります。
まずもってQRコード決済サービス自体、今のところ、ユーザーにとって劇的に決済の体験を改善するものではありません。
サービスによって多少の差異はありますが、QRコード決済の手順はおおむね次のようなものになります。レジで店員が金額をユーザーに伝える。ユーザーは自らのスマホのアプリを起動し、店頭に掲げられているQRコードを読み、金額を自分で入力して決済する。場合によっては、決済が完了すると画面上に表示される数字や文字列を店員に伝え、再度、レジに入力してもらう。
今回PayPayが導入され、キャンペーンで集客した家電量販店、コンビニエンスストア、チェーン飲食店などは、そのほとんどが「Edy」「iD」「QuickPay」など各種プリペイド型・ポストペイ型の電子マネーでの決済に対応していました。電子マネーの決済手順は概ね次のようなものです。レジで金額が確定される。スマホや電子マネーのカードをかざす。以上で完了です。
上記2つの手順を比べていただければ分かるように、ユーザーにとって、QRコード決済サービスは、電子マネーによる決済サービスと比べて明らかに手間が多く、不便なのです。日経FinTechの原隆編集長は「「QRコード決済」ブームの落とし穴」の中で、QRコードやバーコードによる決済について、自らコンビニで決済にかかる時間を比較計測した上で「おサイフケータイを既に体験している人にとって、利便性が劇的に上がるものではない」と結論づけ、それでもなお注目を集める理由を分析しつつ、しかしそのブームが表層的なそれになっていないかと警鐘を鳴らしています。
QRコードの登場は、言ってみれば、従来のものと比べてやや利便性に劣る決済手段が1つ加わったに過ぎません。にも関わらず、わざわざこの元旦に公開される記事をこの出来事で書き起こしたのは、今、ビジネスの様々な業界で起きている地殻変動を最もよく象徴している事象だと思うからです。
スーパーを生んだ「プロセスの転換」
モノを手に取って選び、カゴに入れ、レジに持って行ってお金を払う。今では当たり前と言える今日の「買い物のユーザー体験」が成り立ったのは、(顧客が商品を自ら選択し、決済の場まで運ぶ)「セルフサービス」を売りにした「スーパーマーケット」という業態が誕生して以降です。その嚆矢は1900年代初頭の米国に求められると言われていますが、日本では戦後、1953年の「紀ノ国屋」開業を待たねばなりませんでした。スーパーマーケットが小売業の覇者となるのは1970年代。セルフサービスによらない伝統的な小売り業態が主流だった時代は、それほど昔ではありません。
「伝統的な小売り」とはどんなものだったかを知るには、テレビアニメ「サザエさん」に登場する酒販店・三河屋の三平さんを思い浮かべていただければそれが好例の一つです。台所に隣接した「勝手口」を訪れてサザエさんと世間話を交わしながら、商品を渡したり、足りないものはないかを尋ねたり、古い瓶を引き取ったり、代金を回収したりしています。一般に「御用聞き」と呼ばれる商いの形態です。
酒だけでなく、肉や野菜、魚、米など、それぞれの専門店が流通の要でした。こうした商店では、消費者は店員と会話しながら購入する商品を決め、代金を支払って初めて商品を手にすることができました。手に取って選び、レジに運ぶ。スーパーマーケットでは誰もが当たり前に取る「行動様式」は、少し前まで全く当たり前ではなかったのです。
店員が選んでいたのが、顧客が選ぶようになった。店員が手渡し、場合によっては自宅まで運んでいたのが、顧客が自らレジに運び、自宅に持ち帰るようになった――。新たな行動様式を生んだ「セルフサービス」とは、いわば、舗側が担っていた「モノを運ぶ」「モノを選ぶ」というプロセスを、消費者に転嫁する、代替させるモデルだったと言えます。
この転嫁によってスーパーマーケットは売上高当たりの従業員を個人商店より減らすことができ、値引きの原資を培いました。のみならず、交渉ではなく値札で価格を明示しなくてはならなくなったことから、顧客にとっては価格の公明性が向上し、これも顧客の信頼を勝ち得ることに繋がりました。結果としてスーパーマーケットは、個人商店に対して競争優位を確立させていくのです。
流通の世代交代を生む「プロセスの転換」。この視点で流通史を見直してみることで、QRコード決済というモデルが持つ本当の威力が見えてきます。
物流と通信がコンビニを生んだ
日本の流通史において、スーパーマーケットに次いで覇を唱えた業態がコンビニです。この飛躍も「プロセスの転換」の結果と見ることができます。
スーパーマーケットの成長によって個人商店の一部は廃業に追い込まれましたが、踏みとどまった商店の多くは小型店舗ながらセルフサービス方式に切り替えることで命脈を保ちました。言ってみれば、その生き残ったセルフサービス型個人商店を駆逐したのがコンビニという業態です(個人商店がコンビニに転換した例も多いので、個人商店を閉店に追い込んだというよりも、その多くを塗り替えたことにより、業態として「駆逐した」ということを言っています)。
コンビニが代替したのは、まずは「顧客が自宅から店に行く」プロセスです。コンビニの多くの店舗では商圏が半径1キロ未満。消費者の移動プロセスを代替したのです。ただし商圏が小さくなれば商圏人口は減ります。それでも成り立つように、固定費を抑えるべく数十平米以内の小型店舗でなければなりませんでした。
と、書けば大層なことのようですが、ただ「顧客の家の近くに小型店を開く」というだけであれば、そもそも個人商店とはそうしたものです。コンビニは個人商店と何が違ったのでしょうか。一言でいえばそれは、通信網と物流網でした。
コンビニの店舗の規模では、扱える品目数は3000前後とスーパーマーケットに比べれば見劣りするものとなってしまいます。そこでコンビニは、通信網と物流網で店舗を結び、POS(販売時点管理システム)によって単品で売れ行きを管理しつつ、その売れ行きに応じてすぐに商品を補充できる仕組みを整えることで、3000品目前後の商品のポートフォリオを商圏のニーズに合わせて徹底して磨き続ける仕組みを取り入れました。「量」として少ない品ぞろえを「質」でカバーしようと試みたのです。
全国の店舗を専用線や光ファイバー網で結び、専用レジやストアコンピューターを導入して売れ行きや発注の情報を即時で収集する仕組みを構築すると同時に、そのニーズに答えて商品をオンデマンドで補充できるように配送センターを全国に設け、自社の配送車を走らせる。狭小店舗の出店によって「顧客が自宅から店に行く」プロセスを代替するという戦略を、経営効率を落とさずに実現するために、コンビニは、莫大な投資によって物流網と通信網を構築することで、メーカーや卸売業者の「モノを店まで運ぶ」プロセスを代替するという戦術を取ったのです。
顧客の移動距離を1歩でも縮め、棚の無駄な商品を1つでも減らす。コンビニという業態は、この努力を垂直統合と情報化によって極限まで推し進め、かつその営みを永続的に続けている業態です。だから、強いのです。
誰もが食品小売り業態におけるその最強を疑いませんでした。数年前、あるコンビニグループのトップが記者にこう言ったことをよく覚えています。「コンビニよりも効率の良い小型店舗業態は生まれない。なぜなら、私たち(コンビニ)自身がそうなっているはずだから」。記者はその言葉に、自信や慢心よりもむしろ、進化し続けなければ滅びるという自戒と危機感を感じました。
もちろん今もって、コンビニという業態に停滞や衰退の影が迫っているということはありません。成長が鈍化していると言われますが、それでも圧倒的な経営効率を誇る業態と言っていいでしょう。
ですが今、その競争優位の前提を脅かす新たな勢力が、コンビニが堅牢に築き上げた事業のプロセスを代替しようと、及ばないながらも徐々に力を付けつつあるようです。
インフラコストを顧客に転嫁
QRコード決済、バーコード決済と呼ばれるものには大別して2種あります。1つは、上記に挙げた例のように、店舗はQRコードを示し、ユーザーがスマホアプリでそのコードを読み取ることで決済を進める仕組み。もう1つは、ユーザーが画面上にコード(多くの場合、バーコード)を表示させ、店舗のレジでこのコードを読み取って決済を進める仕組みです。
後者の場合、電子マネーの非接触伝送の仕組みを使ったり、プラスチックカードのバーコードを読み取ったりといった手法と大きな違いはありません。今までと同じく、決済情報を伝えるインフラは「店舗のレジ」と「店舗間の通信網」です。しかし前者の場合、極端な話、店舗は紙に印刷したQRコードを店頭に貼っておけば、レジもネット回線も設ける必要がなく、キャッシュレスの決済手段を提供することができるようになります。スマホのCPU(中央演算装置)がレジのそれを代替し、携帯キャリアのモバイル通信網が店舗間の通信網を代替しているからです。
コンビニはこれまで、巨額の投資によって、およそ個人経営では備えるのが困難な通信網と物流網を備え、圧倒的な競争優位を構築して来ました。コンビニが用意する多彩な決済手段はその一例でしょう。しかし今、個人商店は、消費者が支払うスマホ代(端末代、通信費)にコストを転嫁することにより、極めて低コストで――極端に言えば、印刷したQRコードを壁に張るだけで――キャッシュレスの決済手段を手に入れられるようになりました。個人商店だけではありません。例えば、生産者、あるいは個人ですら、大きな投資なしに決済インフラを利用できる時代を迎えようとしているのです。
現状、コンビニが導入しているコード決済は、上記2例のうち後者に当たるものが大半です。つまり、強さの源泉である自社通信インフラを回避するような決済を自ら導入しているわけではありません。しかしながら、例えば一部のコンビニチェーンが対応したPayPayは、両種の決済手法に対応しています。PayPayのようにQRコード決済機能を備えた決済サービスに対応するということは、とりもなおさず、コンビニが構築してきた独自網から独立したオープンな決済手段の普及に手を貸しているということでもあります。「顧客が求めるから」「集客できるから」と大手チェーンが対応を進めれば進めるほど決済手段としての普及度が上がり、個人商店などがその決済サービスを導入する動機を強めることになるからです。
今はただ、やや不便な決済手段が1つ増えるかどうかの話に過ぎません。個人商店がQRコードでキャッシュレス決済の手段を得たからと言って、コンビニと同等の物流網を構築できるわけではありません。
ですが、かつて「店員が選び、店員が運ぶ」という買い物の行動様式を「消費者が選び、消費者が運ぶ」と転じたセルフサービスが競争優位を築いたように、小売店が担うべきと誰もが考えていたインフラやプロセスを消費者自身に担わせるというコペルニクス的な転換は、インターネットやスマホの普及によるコスト構造の劇的な変化と、それによる競争環境の激変の兆しとも見えます。
QRコード決済だけではありません。コンビニは「顧客の移動距離を1歩でも縮め、棚の無駄な商品を1つでも減らす」努力を続けてきたと書きました。その1歩の距離や1つの無駄な商品をそれぞれゼロにしてしまうのがEC(インターネット通販)の威力というものでしょう。消費者はECを使えば、自宅から1歩も出ずに、自分が望む商品だけを手にすることができます。これもまた、消費者が「店に行く」というプロセスを、消費者自身のコスト(インターネットの通信費、パソコン代、スマホ代)に転嫁するという転換でした。
経済活動とはヒト、モノ、カネの移動と交換の営為です。情報は、その情報自体が商品(モノ)である場合を除けば、ヒト、モノ、カネの移動を代替する手段に過ぎません。ヒトが店に行くのか、情報として自宅で見るのか。モノを自宅に届けるのか、自分で家に運ぶのか。カネを現金で渡すのか、カネを払ったという情報を店が送るのか、自分で送るのか。流通史の中で企業の盛衰を握るのは、上記プロセスのどの部分を誰がどう担うのかという覇権争いでした。
ついでに言えば、インターネットによってヒトの知覚は拡張できる(店に行かなくても商品を選べる)し、カネの動きは代替できます。ただ代えられないのがモノの動きです。今、物流業界で需要過多による人手不足や遅配が起きていたり、アマゾンや楽天などのEC大手が物流体制の強化に努めていたりするのはその現れと言えるでしょう。
2年前の当欄に、記者は「加速する時間軸の中で、カンブリアの海に泳げ」と題して、インターネットがアイデアを実現する時間とコストを圧縮している現状を説き、インフラについて語る時代がいよいよ終わって、カンブリア紀の海に起きた“爆発”のように、多産多死でも、多彩なアプリケーションが次々に生まれ、それについて語る時代になってほしいと書きました。
資本力はないが確かな目利きを持った商店や、営業力はないが確かな価値ある商品を作ることができる生産者が、圧倒的に低コストで決済や情報提供の手段を手に入れたら。小売りと無関係のプレーヤーが、思いもよらない手段で「買う」という体験を再発明したら…。
QRコード決済の騒動自体は取るに足らない小さな出来事だったかもしれませんが、その騒ぎの向こうに耳を澄ますと、時代を動かす地殻変動の兆しを聞き取ることができるような気がします。アイデアと意志の力があれば、誰もが何事かを変えられる。面白い時代がそこまで来ている、と、記者はまた書かずにはいられません。
2019年、新たな試みに挑みます
2019年、「日経ビジネス」は新たな挑戦を始めます。
ここまでの原稿を、記者は自分に言い聞かせるような思いで書いてきました。紙で印刷して複製するプロセス、それを読者のご自宅(あるいは書店)まで届けるプロセス、決済のプロセス、郵便で顧客満足度を調べるプロセスなど、出版の世界は、まさにインターネットによって様々なプロセスが代替され得るようになりました。出版社が寡占できていたものの多くが、オープンな技術と新たなプレーヤーによって代替されています。
QRコード決済など新たに生まれたオープンな決済手段が、チェーンストアだけでなく、生産者や個人商店に恩恵をもたらすように、情報発信インフラとしてのインターネットは、私たちメディアだけでなく、私たちが取材して来た企業や個人自身、あるいは個人で取材して情報を発信しようとする人たちをも力づけていくことになるでしょう。
すでにかつて事業モデルを確立しているメディアとして、この変化にどう対応すべきか。何を守り、何を捨てなければならないのか。自らに問いかけながら、失敗を恐れずに挑戦します。
この先どんなに迷うことがあっても、苦境に立つことがあっても、一つだけはっきりしていることは、ご愛読いただいている皆様のご支持が、これからも変わらず私たちの力になり続けるこということです。旧年中は日経ビジネスオンラインをご愛読いただきありがとうございました。本年も日経ビジネスをご愛顧いただきますよう、お願い申し上げます。
■変更履歴
記事掲載当初、本文中の「前者」と「後者」がそれぞれ逆のものを指していました。お詫びして訂正します。本文は修正済みです [2018/01/01 15:51]
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