対立その2:都市部vs地方

 民主主義とは何か、あるいは資本主義とは何か、ということをつまびらかに書く紙幅はないし、必要もないだろう。ただ、ここでは以下のように単純化を試みたい。「1票(1人)の下の平等」を礎とするのが民主主義であり、「1円(1トルコリラ)の下の平等」を礎とするのが資本主義である、と。

 エルドアン大統領は、この2つのシステムのズレを知悉している政治家と言える。

 トルコ最大の都市であるイスタンブール、首都のアンカラなど、政治・経済の中心は欧州側、つまりトルコの西部に位置している。一方、アジア側、つまりトルコの東部にはそうした国際都市はない。ただし、広大な国土に多くの国民が生活している。

 単純化して書くならば、「1トルコリラの下の平等」を是とする資本主義の観点から言えば、1人当たりの経済力が強い、つまり豊かな都市生活者に力が集中する。ところが「1票の下の平等」を是とする民主主義の観点から言えば、頭数の多い地方在住者に力が宿ることになる。市民ひとりひとりがどれだけ貧しくても、1票は1票だからだ。

 エルドアン大統領は、保守的、イスラム的な傾向の強い地方在住者の支持を背景に、都市生活者やインテリ層から支持される旧来の政治勢力を打ち破ることで権力を握った政治家だ。ゆえに一般に都市部で人気に乏しく、トルコ東部では圧倒的に支持が強い。記者が2013年に取材したイスタンブール騒動(記事)の折も、同時期に発生したデモの大半が都市部で発生し、東部の地方ではむしろ「反・反政府デモ」が繰り広げられていた。

 エルドアン大統領は、都市生活者の視点からは「地方在住者に迎合しつつ権力を握るポピュリスト」として映り、地方生活者の視点からは「民主主義の力を借りて都市部の既得権益者やそれに連なる軍に挑む改革者」と映る。いずれか一方の描き方では描ききれない。だが、敵対する勢力からすれば、民主主義最高の意思決定ツールである「選挙」で勝ち続ける政権に挑むには、軍という「力」を用いるほかないのは確かだ。

 この政治構造は、例えばタイで地方在住者から支持を集めたタクシン・チナワット氏が政権を握った経緯と重なる。2014年6月、記者はタイ・バンコクで起きたクーデターの様子を取材して、この構造を記事「タイのクーデターを肯定する罪」として書いた。

 ところが今回の報道で、イスタンブールなどの都市部でクーデター勢力に反発するデモが発生したと伝えられた。記者が現地にいたわけではないし、現地の報道機関にはクーデター勢力とエルドアン政権の両者が様々な圧力を及ぼしているため、状況が把握しにくい。だが、いくつかの報道を総合するに、2013年に大規模な反政府デモに身を投じた都市生活者の大半が、今回のクーデターには賛同しなかった可能性が高いと言えそうだ。

 反エルドアン政権の志を持っている都市生活者をしても、クーデターという暴力的な手法に抵抗を覚えたのか。3年間でエルドアン政権の権力掌握がさらに進み、市民が反政府の声を上げられないほどに萎縮しているのか。そもそもクーデター勢力が弱く、政府軍にすぐに鎮圧されてしまったのか。都市部の市民がクーデターを支持しなかった理由は分からない。

 いずれにしても、上記の観点から今回のクーデータを見るならば、「軍の一部が反エルドアン政権を掛け声に立ち上がったが、呼応すべき都市生活者たちの支持を集めることができず、大きな反政府のうねりを生み出せなかった」ということは言えそうだ。

次ページ 対立その3:「エルドアン政権vsギュレン師」