炎上の契機となったWELQは当初、ダイエットなどカジュアルなヘルスケア情報を扱うサイトとして企画された。医療情報も扱うようになったのは、DeNAの子会社が運営していた「Medエッジ(メドエッジ)」というニュースサイトの記事を大量にコピーしたためだ。

 メドエッジは、DeNA本体のキュレーション事業とは全く異なる文脈で生まれた。主役は夫の看病で社長を退任したDeNA創業者の南場智子取締役会長。職場復帰した2014年に自身の経験からヘルスケア分野への参入を決意。DeNAライフサイエンスという子会社を設立し、2014年7月から遺伝子検査サービス「MYCODE(マイコード)」を開始した。

 次いで8月にはニュースサイトのメドエッジも立ち上げた。難解な医学論文を中心に最先端の医療情報を消費者にわかりやすく届けることをコンセプトとし、医学博士の西川伸一・京都大学名誉教授を監修に迎えるなど、医療の本格メディアとして船出した。

Medエッジが2015年6月に開始した有料版はわずか1カ月でとん挫した
Medエッジが2015年6月に開始した有料版はわずか1カ月でとん挫した

 ところが、月間利用者数は100万人前後で伸び悩み、広告収入が思うように入らない。翌2015年6月には糖尿病と大腸がんに関する最先端の情報を編集部が厳選して届ける有料版を開始するも、計画は1カ月でとん挫。子会社の資金は底をつき、閉鎖に追い込まれた。

 時を同じくして、村田氏の指揮下でWELQが立ち上がろうとしていた。守安社長は「閉鎖するならメドエッジの記事をWELQに収容すればいい。ただし、検索された実績が高い記事だけを移せ」と指示。この時のことを守安社長は「検索実績が低い記事が多いと、グーグルからのWELQ全体の評価が下がってしまう。それを避けたかった」と説明する。

 当時をよく知る関係者によると、メドエッジにあった全記事約5000本中、約3000本が子会社からDeNA本体のキュレーション事業に譲渡されたという。同時に、数万のファンがついたフェイスブックや、数千のフォロワーがいたツイッターのアカウントもWELQへと引き継がれ、WELQの離陸に大きく貢献した。

ライターやブロガーの鬱屈していた憤り

 だが、その貢献は「後に仇となった」と関係者は言う。

 「DeNA本体のキュレーション事業が適当な記事を量産しているのは明らかだった。メドエッジの記事コストは1本あたり約5000円だったが、WELQはその10分の1から5分の1程度。記事をチェックする編集部は事実上、存在せず、監修もなく、メドエッジとは考え方も運用も全く違う。ところがWELQは最初に医療記事を収容してしまったために、その後も医療関連の記事を作らざるを得なくなった。安易にメドエッジの記事を移管すべきではなかった」

 結果、「人の健康にかかわる記事がいい加減なのは許せない」というWELQへの指摘から火が燃え広がり、今回の10サイト休止という最悪の事態を招くこととなった。ちなみに、WELQは患者を病院に送客する病院検索サービスへの参入を画策していたが、それも今回の騒動で潰えた。

 ただし、WELQが医療記事を扱っていなかったにせよ、メドエッジの記事を収容していなかったにせよ、いずれDeNAのキュレーション事業は破綻しただろう。

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