ミツハシ:「乗り移り人生相談」もいよいよ最終回です。連載開始が2009年5月ですから7年にもなるんですね。読者のみなさま、ご愛読本当にありがとうございました。それにしてもよく続いたものですよね。
シマジ:当然だろう。俺は最初から、この連載はヒットすると思っていたぞ。
若いビジネスパーソン向けサイトで輝く「スケベ光線」
ミツハシ:本当ですか? だってこの連載、最初は「日経ビジネスアソシエ」という1雑誌のウェブサイトで静かに始まったんですよ。「アソシエ」というのは、若いビジネスパーソン向けの真面目なスキルアップ・マガジンで、ウェブサイトには英語の勉強法や上司や取引先とのコミュニケーション法、手帳やノートの使い方なんていうマジメな情報が並んでいました。そんな中に「スケベ光線でフルボディーの女を落としてくれ」なんて語るコラムがあるんですから、その違和感たるや目がくらむようでしたよ。
シマジ:他人ごとみたいに言うな。ミツハシが企画して始めたコラムじゃないか。
ミツハシ:そうなんですが、当初はこんなコラムになるとは思っていなかったんです。
シマジ:そうなのか? じゃあ、ミツハシはどんな内容にしようと思っていたんだ?
ミツハシ:さっきも言ったように、マジメな内容ではありますが、いささか面白みに欠けるサイトだったから、そこに新風を吹き込みたかったんです。スキルアップ誌というのは、「スキルアップの努力は仕事の成果に結びつく」という前提に立ちます。そして読者もまた「スキルアップの努力はきっと報われる」という考え方をする人が多いんです。ですので、どうしても掲載する記事やコラムも綺麗ごとになりがちなんです。
でも、それこそ「人生は悪い冗談の連続」ですから、そう単純にはいかない。ビジネス書ばかり読み漁り、勉強会やら異業種交流会なんかに出まくり、職場で横文字のビジネス用語を駆使し、その結果、周囲から敬遠されるような人にとって、シマジさんは恰好の解毒剤だと思ったんですよ。
シマジ:解毒剤?
ミツハシ:失礼ながら。
シマジ:まあ、ミツハシが言わんとすることも分かる。
きっかけは「結婚した男は必ず浮気をする」
ミツハシ:ですから、ビジネスハウツー本や自己啓発本とは一味違う、人生の本当の知恵みたいなものをシマジさんに開陳してもらおうと思ったんです。
シマジ:その通りになったじゃないか。
ミツハシ:赤裸々な恋愛と性愛の話題をこんなに沢山取り上げることになるとは思っていませんでした。
シマジ:そうだったのか?
ミツハシ:連載5回目に、浮気をしない男と結婚したいという女性の相談があって、それにシマジさんが「結婚した男は必ず浮気をする。絶対に浮気をしない男は絶対にいない。浮気をバレないようにするのが男の優しさだ」という回答をしたでしょ。これが他のニュースサイトなどに転載されて、一気に読者が増えたんですよ。
と同時に恋愛の問題に関する相談が急増し、それにシマジさんが「モテる男は女の匂いがする」とか「食べ物の好みが合う男女はカラダの相性もいい」なんていう回答をするから、2チャンネルなんかでもスレッドが立って、ブログで取り上げてくれる人もどんどん出てきて、あっという間に口コミで広がっていったんです。その意味で、シマジさんはネットの情報拡散力を味方に付けたと言えるでしょうね。
シマジ:紙の雑誌や本ばかり作ってきてインターネットのことなんか何も知らない俺がネット上で読者を獲得したのだから、人生はやっぱり恐ろしい冗談の連続だな。ところで、「乗り移り」読者は間違いなく、今後のことを気にしているぞ。出し惜しみしていないで早く安心させてやったらどうだ。
ミツハシ:じゃあ、シマジさんから発表してください。
「乗り移り」は装いも新たに復活する
シマジ:いろいろ考えたんだがな、「乗り移り」は俺のメールマガジン「週刊 SUPER Shimaji-Holic」で装いも新たに復活する。「新・乗り移り人生相談」だ。来週木曜日の4月7日から始まるぞ。
ミツハシ:えーっ。それじゃあ私はまるで休めないじゃないですか。転職してしばらくは新しい環境に慣れるためにも半年くらいはインタバールを頂戴しようと思っていたんですが。
シマジ:4月7日は俺の75歳の誕生日なんだ。
ミツハシ:それはおめでとうございます。
シマジ:新しいことを始めるのに打ってつけだろ。
ミツハシ:そう来ますか。
シマジ:1回のブランクもなしに「乗り移り」を引越しさせたら、ミツハシは伝説の編集者になる。そして愛読者から大感謝される。ミツハシほどの能力のある男なら、転職直後だろうが何だろうが、それくらいのこと難なくやれる。しかも、転職先は勝手知ったる世界じゃないか。心配しなくても大丈夫だ。俺はお前の才能の最大の理解者だぞ。俺の言うとおりやれば間違いない。
ミツハシ:シマジさんが編集長としてどうやって部員たちをこき使ったのかよく分かる言葉ですね。
シマジ:編集者も作家も、人から求められているうちが花だ。
ミツハシ:でも、7年にわたり、毎週末を「乗り移り」の執筆に当ててきたんですよ。しばらくはのんびりとした週末を過ごしてもバチは当たらないでしょ。
シマジ:半年も休むと脳みそがなまってしまって文章に諧謔とキレがなくなる。人間は立ち止まってはいけない。どうせ死ねば永遠に休める。生きている間は常に走り続けるんだ。
というわけで、来週からは「週刊 SUPER Shimaji-Holic」で「新・乗り移り人生相談」を愉しんでくれ。それから「新・乗り移り人生相談」のfacebookページとやらいうものを作ったから、コメントはこちらに書き込んでくれ。
ミツハシ、戻って来い
ミツハシ:シマジさん、いつの間にそんな手回しを……。
シマジ:シマジ教信者の力を侮ってはいけない。教祖が一声かければ、これくらいあっと言う間だ。
ミツハシ:高弟である私に一言の断りもなしに……。
シマジ:高弟のくせにしばらく休もうなんていう腹づもりをしているから、逃げ場をなくしてやったんだ。
アソシエ:話をもとに戻しましょう。
シマジ:こら、なんだその「アソシエ」というのは、最後になって匿名性の裏に隠れるつもりか?
アソシエ:連載はアソシエの思いもよらない方向に進んでいったという話でしたね。
シマジ:ミツハシ、戻って来い。
ミツハシ:そう言えば、対談相手の呼称が「アソシエ」から「ミツハシ」に変わったのは第22回でしたね。シマジさんの「表に出て来なさい」という言葉によって、本来黒子の編集者が前に出ることになりました。それによって私の人生も思いもよらない方向に進んだと言えるかもしれません。
名前を出したことで「乗り移り」読者に多くの友人を得、そこから大きな影響を受けました。もちろん、一番影響を受けたのはシマジさんですけどね。着るものが変わり、パイプを覚え、飲む酒が高級になり、いささか浪費家になりました。何より、人生をもっと愉しもうと思うようになりました。
シマジ:それを言えば、俺も「乗り移り」の連載で思いがけないことが次々と起こった。「乗り移り」連載前まで、俺のコラムを読んでくれていたのは主に50代以上の男性だったが、「乗り移り」のおかげで30代、40代の読者が増え、そして女性読者も増えた。
その中には俺にじか当たりしてきて友人となった者も少なくない。彼ら彼女らは俺の新しい仕事をサポートし、新しい愉しみを与えてくれた。その意味で、「乗り移り」の連載は俺の人生にも大きな影響を与えているんだ。
ミツハシ:最近では大学生の書生ができ、書生のカナイくんが社会に出て行くと、中学生の書生希望者が名乗りをあげるほどですからね。
シマジ:「乗り移り」は本当に多くの縁を生んでくれた。
開高健文豪が結んでくれた縁
ミツハシ:私がシマジさんにお会いしたきっかけは「編集者マグナカルタ」(第329回参照)についてお話を伺いに行ったことでしたから、遡れば開高健文豪が結んでくれた縁ともいえますね。
シマジ:本当に縁というのは面白い。大事にしなくてはいけないね。
俺が「乗り移り」をやっていて何よりうれしかったのは、相談に乗った読者が伊勢丹メンズ館のサロン・ド・シマジを訪ね、「おかげで霧が晴れました」とか「もう一度頑張ってみます」と前向きな言葉を口にしてくれたことだ。サロンに来られない人もコメント欄に言葉を残し、相談者以外も様々な意見を記してくれた。これも大切な縁だと俺は思っている。
インターネット上には不寛容で不機嫌な言葉が満ち溢れているようだが、「乗り移り」のコメント欄の言葉は、どれも読み応えのある文章だった。読者の知的水準の高さが感じられるコメントを俺はずっと愉しんできた。その意味で素晴らしい読者に恵まれた連載だったとみんなに感謝しているんだ。
ミツハシ:同感です。
シマジ:だからこそ、この連載を休んではいけない。来週からまた全力で飛ばすぞ。
アソシエ:読者の皆さま、長い間ありがとうございました。
シマジ:だから隠れるな。ミツハシ、おい、ミツハシ。おーい。
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