ミツハシ:コミネさん、マジメで律儀だったんですね。

シマジ:奴が駆け出し編集者の頃で、編集長の俺の言葉は絶対だったからね。

ミツハシ:しかし、「スケベ光線を取材してこい」とは無茶な編集長ですね。

シマジ:確かにな。大沢にも「そんなもんあるか!」と一喝されたらしい。だが、コミネがエライのはそれで諦めず、「でも、シマジ編集長が確かにあると言っています」と粘ったところだ。大沢も「そうか、シマジさんがあると言っているのか。それならあるのかもしれない。じゃあ、何か話せることを考えておくから、インタビューに来い」ということになったんだ。

ミツハシ:ハハハハハ。大沢さんも災難なことで。

「ヒグマのステーキはお好きですか」

シマジ:かくしてスケベ光線はハードボイルド作家のお墨付きを得て、世の中にその存在が認められるに至ったんだ。

ミツハシ:至りましたか。

シマジ:広く遍くな。さて、スケベ光線の出し方だが、気を溜めて一瞬のうちに最大出力で発射することが大切だ。あなたが好きです、あなたと愛を交わしたいという腹に溜まった気持ちをぐぐぐっ脊髄伝いに持ち上げて己の瞳から相手の瞳にめがけて勢いよく放つ。それだけだ。訓練すれば誰にでも出せるようになる。

ミツハシ:ということは、私はまだ訓練が足りないということでしょうか。

シマジ:目に行く途中の口や鼻の穴から気が抜けてしまっている。

ミツハシ:ならば、私の場合、スケベ吐息やスケベ鼻息で勝負するという手があるかもしれませんね。

シマジ:50男の加齢臭が加わった吐息や、まして鼻息を好む女は滅多にいない。やめておいた方が無難だな。

ミツハシ:「人生とは、何もやらない虚無よりも、たとえ失敗しても、傷心の方がはるかに貴いものだ」。私は今東光大僧正の言葉に従います。

シマジ:そうか。じゃあ、励んでくれ。

ミツハシ:で、スケベ光線ですが、シマジさんが相談者の立場なら、ダンスのレッスンが始まる前や終わった後に、気になる女性にスケベ光線を放つわけですか?夜の酒場なら、アリだとしても、ダンス教室でネットリと絡みつく妖しい視線を向けてくる男というのはちょっと気持ち悪いでしょう。

シマジ:ネットリ絡み付かなくていい。もっとストレートで純粋なスケベ光線を放てばいいんだ。相手の女が相談者の視線に全く気が付かないようなら、これは脈ナシだな。眼中にないという奴だ。相手が視線に気づいたようなら、ここからが肝心だ。

 「あの人私を見ているみたい」。そう女に思わせたということは、その女から認知されたということだ。教室に何人の男がいるのかは知らないが、少なくともこれで相談者はアノニマスなその他大勢とは違う位置に立ったことになる。そのまま無言を通せば「あの男気持ち悪い」ということになるが、スケベ光線発射の後に声をかければ、男が自分を見つめていたことの理由がつき、女は安心する。

ミツハシ:その言葉が分からないから、37歳男性は相談をしているんだと思います。いきなり何と声をかければいいか……。

シマジ:そんなもの何でもいいだろう。「ヒグマのステーキはお好きですか」とか「乗り移り人生相談を読んでいますか」とか。