ミツハシ:最近はウィンストン・チャーチル卿にも話しかけているそうじゃないですか。

シマジ:ファンから貰ったこのチャーチルのフィギュアに向かって話しかけているんだ。

ミツハシ:英語で?

シマジ:残念ながら日本語でだ。

弔辞を書き、愛する人の墓前で読み上げよ

ミツハシ:通じてますかね。

シマジ:もちろんだ。

 敬愛する故人への言葉というのは、背筋を伸ばしてくれる。あなたのあの言葉を、あの行動をシマジは深く心に刻んでおりますと語るだろ。そうすると故人に顔向けできないような人生を歩むわけにはいかなくなる。極楽で会ったときに、笑顔で「シマジ、お前、なかなか面白い人生を送っておったようだな」と言ってもらいたいからね。

 そうだ大事なことを忘れていた。相談者は故人のために弔辞を書くといい。誰に聞いてもらうわけでもない。相談者が故人だけに向けて書く弔辞だ。俺はこれまでにいくつかの弔辞を読み、雑誌「Pen」に「そして怪物たちは旅立った」という歴史上の人物の葬儀に出て弔辞を読むコラムを書いている。弔辞は故人に捧げる別れの言葉だ。故人と自らの関わりを披露し、故人の人柄と生涯を讃える。そして遺された者の悲しみを慰める。そんな弔辞を書くというのは、故人の死をしっかり受け止め、自分の生き方を見直すことにつながる作業だ。

 参列者に披露する弔辞ではないのだから、2人の秘密を隠す必要はない。故人のどこをどう好きになったのか、どんな思い出を大切に感じているのか、自分がどれくらい悲しんでいるのか、遺された者としてどう故人の恩に報いるのか、そんなことを正直に書き連ねることで、愛する人の死から再出発を切るきっかけになるんじゃないかな。

ミツハシ:故人だけに聞かせる弔辞ですか。いいアイデアですね。

シマジ:書き上げたら、これはぜひとも故人の墓を訪ね、墓前で読み上げるべきだな。言わずもがなだが、弔辞は二人称で故人に呼びかけるように書くのがポイントだ。

 弔辞を書いて愛する人の墓前で読む。そして悲しみが少し収まるまで、墓参りを続ける。そうして気持ちが少し落ち着いていきたら、今度は故人のために墓碑銘を書くといい。36歳で天国へ行った一人娘に「戒名はいらない。パパが墓碑銘を書いてくれればそれでいい」と言われて、俺ははじめて墓碑銘を書いた。故人の業績や人となりを簡潔に表現する墓碑銘はなかなか難しく奥深い。実はそれ以来、俺は秘かに墓碑銘作家になりたいと思っているのだが、なかなか日本では墓碑銘の需要が少なく、実現できていない。

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