だが、人は努力によって悲しみを乗り越える、というか飲み込めるようになる。愛する人を亡くした悲しみを忘れることはできないだろう。だが、薄皮をはがすように少しずつ悲しさの重みを減らしていくことは可能だと思う。俺もこの年齢だから、これまでに数多くのかけがえのない友を見送ってきた。俺よりずっと若い親友もいたし、心から愛した女もいた。俺が悲しみを乗り越えるためにやってきたことをお話しよう。きっと相談者の役に立つはずだ。

 大事な人を亡くした悲しさを我慢しないことだ。相談者は悲しみで何度か一人で泣き叫んだそうだが、それでいい。ちゃんと悲しむことが悲しさを乗り越えていく第一歩だからね。涙を我慢する必要はない。涙が枯れるくらい泣いて、そこから少しずつ立ち直っていけばいい。

 そして、自分の悲しさをきちんと言葉にすることだ。もしかしたら、相談者は大事な人の墓を知らないかもしれないが、そうだとしたら、共通の知人なんかを通じて墓所を教えてもらい、墓参りをしなさい。

ミツハシ:そして、そこに故人がいますがごとく話しかけるというやつですね。

ウィンストン・チャーチル卿にも話しかけている

シマジ:そう。声に出して自分の気持ちを伝えることが大切だ。命日や月命日なんかだと遺族と鉢合わせになるかもしれないから、墓参りをする日は工夫するとして、悲しみに押しつぶされそうな日々なら、頻繁にお墓に故人を訪ねればいいだろう。

 「あなたがいなくなって私はどうしていいのか分からない」とか「なんでこんなに早く逝ってしまったの」といった恨み言でもいい。いまの自分の素直な気持ちを故人にぶつけなさい。自分の悲しい気持ちを誰かに聞いてもらう。その相手として故人その人よりもいい相手は相談者にはいないはずだ。そうして悲しみを自分の内に溜め込まず、言葉にして体の外に出すことが大切だ。

ミツハシ:なるほど悲しみを吐き出す作業ですか。

シマジ:そういうことだ。墓参りを続けているうちに、だんだんと前向きな言葉も口に出せるようになるはずだ。悲しい顔ばかりこの人に見せていたら、天国で心配させちゃうなと思えるようになり、「今日1月21日って何の日だか覚えてる?」なんて2人の愉しい思い出を話したり、「これから私、あなたが好きだったあのバーに行ってくるわ。いい男に声をかけられても嫉妬しないでね」なんて冗談が言えるようになるだろう。

 墓参りだけでなく、夜自分の部屋でひとりきりのときに、故人に話しかけるのもいい。このときも、そこにいますがごとく声に出して話しかけるんだ。俺はいまでも、原稿執筆の仕事が終わった後、サロン・ド・シマジのこの椅子に座って、シングルモルトを飲み、シガーを喫ってモーツアルトを聴きながら、今東光大僧正やシバレン(柴田錬三郎)先生、開高(健)文豪に話しかけている。

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