インターネット経由で様々な食材を首都圏の飲食店に販売する八面六臂(東京・中央)。「料理人向けのEC」というモデルで資金調達に成功し、一時は社員数が50人を超えるまでに急拡大した。しかし急拡大により、食材流通の現場に立たず、本社で現場をよく理解せずに仕事をする社員が急増して問題が続出。松田雅也社長はどうやって組織を立て直したのか、その経緯を聞いた。(前編はこちら)
(聞き手は、デロイト トーマツ ベンチャーサポート事業統括本部長、斎藤祐馬氏)
斎藤:松田さんは銀行勤務からベンチャーキャピタルを経て起業されましたが、当初は「食」とは関わりがない事業を手掛けていたのですね。
八面六臂の松田雅也社長。1980年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業後、銀行などを経て2007年にエナジーエージェント(現・八面六臂)を設立して社長就任。11年4月から現社名に変更し、飲食店向けEC事業「八面六臂」を開始した(写真:菊池一郎)
松田:2007年に26歳で電力事業者と需要家を仲介する会社を立ち上げました。しかし、当時は時期尚早で全く顧客が広がらず、運転資金を確保するために携帯電話の販売代理店をしていました。
そんなとき、銀行員時代の知人にある物流会社のIT関連子会社の設立を手伝ってほしいといわれて、その後、その会社の取締役になりました。自分の会社をいったん休眠させて、新しい会社でITにより物流を効率化するソリューションの開発に取り組み、事業は軌道に乗りました。
斎藤:何をきっかけに、食の分野に進むことにしたのですか。
松田:ITによる物流の効率化という仕事をする中で、水産物の流通に携わる人と知り合ったのです。仕事の進め方などを聞くうち、随分遅れている面があると感じました。これまで身に付けたITと物流のノウハウを水産物流通の世界で生かせないかと思ったのです。
再び独立して、自分の立ち上げた会社に戻り、水産流通について調べ、あれこれ考えました。2011年に社名を現在の八面六臂に変え、手探りで食品を扱う事業を始めました。
飲食店向けEC事業で急成長
斎藤:「食」とは畑違いの分野から参入した当初、鮮魚の知識をどのように身に付けたのですか。
松田:まずは自分で調べ、より専門的なことは、お客様や飲食店の料理人に聞いたりして勉強しました。皆さんは職人で、1回聞いただけでは重要なことは教えてくれませんから、何度もしつこく聞き続けました。注文いただいたお客様には配送ついでに質問をして、届けた魚についていろいろと教えてもらいました。
優れた料理人ほど科学的な知識もあり、経験だけでなく、理論的にどういう商品がいいのか、どうすればおいしく調理できるのかをよく知っていました。
魚についてだけではなく、鮮度とは何かとか、江戸前と関西それぞれのおいしさの感じ方とか、食に関する知識を自分なりに納得するまで調べ続けました。
斎藤:そこから数年で、鮮魚の配送が急成長しました。
松田:当初は、お客様に専用アプリを組み込んだiPadを無償で貸与し、そこから注文できるようにしました。すると、顧客数がどんどん増え、14年には食材を届ける飲食店が1000店を突破。当時は16年中に1万店まで拡大すると豪語していました。
ベンチャーキャピタルなどもこの成長を評価してくれて5億円近くの資金を調達し、新宿区に立派なオフィスを構えてシステム投資をし、人材もかき集めました。大手企業の物流部長や技術部長など年収1000万円級の人材を何人もスカウトし、ITエンジニアも10人以上採用しました。ピーク時には社員が50人を突破しました。
今考えると、お金の使い方を全くわかっていなかったですね。あんなオフィスを借りたりする代わりにやるべきことはいっぱいありました。
会社が間違った方向に急旋回
斎藤:資金の使い方のどこに問題があったのですか。
松田:調達した資金で集めた人材の多くは活躍してくれるどころか、結局何もできなかった。そもそも食品流通という仕事の現場にあまり興味がなく、数字を見てビジネスを考えるばかりで現場に一切行こうとしないのです。お客様に会って話を聞くわけでもありません。
また、我々の仕事は午前2時まで注文を受けますから、深夜勤務があることはやむを得ない面があります。注文を受けるため社員は午前2時まで待機しなければなりません。午前2時になると次はバイヤーチームが出勤し、買い付けを行う。一般の社員やアルバイトも朝6時出社で、商品のピッキングや梱包をスピーディーに行わなければなりません。そうしないと、午後3時までにお客様への配送が終わらないからです。
斎藤:食品流通を変えるという使命感がないと、そうした出勤時間を続けるのは大変ですね。
松田:そうなんです。だんだん会社に対して不満を持つ社員が増えてきて、会社全体が変な方向に曲がり出しました。あるとき、午前2時という締め切り時間をわずか10秒ほど過ぎた時に注文が入ったのですが、そのときの担当者が、もう締め切りを過ぎていると判断して注文を断ってしまったのです。それは創業当時から支えてもらっている大得意先からの注文でした。
慌てて謝りにいくと、「こんな仕事をしていたら会社をつぶすことになるぞ」と言われました。その言葉を聞いて、「うちはなんてダメな会社になってしまったのか」とはっきりわかったのです。
斎藤:会社を建て直すために、どんな手を打ったのですか。
松田:役職にかかわらず全員を、鮮魚などを扱う現場にも行かせることにしたのです。その時点で、現場を嫌う者は次々と辞めていきました。
大事なお客様を怒らせてしまったようなミスが起きないよう、受注のプロセスを徹底して見直しました。そのうえで、より少ない人数で受注作業ができるように不要なプロセスの排除も進め、その分、素早い配送や品ぞろえの充実のために人材を振り向けるようにしました。
同時に、受注システムも全面的に見直しました。実際の現場を見ずにエンジニアが頭の中で組み立てていたシステムを改め、食材の受注から倉庫でのピッキング、物流まですべてのシステムをゼロから作り直しました。これで、責任者を含めて従来のエンジニアは全員が辞めました。
松田社長は会社を建て直すために、受注システムなども全面的に見直した(写真:菊池一郎)
斎藤:どのようなシステムになったのですか。
松田:先ほど申し上げたように、属人的な部分を極力取り除き、誰がやってもミスをしないような仕組みに作り替えたのです。例えば、紙の伝票を基に計量していたときは、伝票の見間違いで注文と違う計量をしてしまうミスがありましたが、伝票を電子化することで伝票の数字と計量結果が違うときは警告を出すといった仕組みを用意しました。
また、ドライバーも勤務態度がよくない人には辞めてもらい、配送完了時には必ず報告するなど、手順を明確にして作業ミスを減らすことを徹底しました。もちろん本社も現在の場所に引っ越し、物流倉庫の一角をオフィスにしています。
こうして、社員数は大幅に減り、正社員が12人だけになりました。あとはアルバイトとドライバーが30~40人ほどです。かなり身軽になって組織は筋肉質になりましたね。販売管理費は従来の3分の1以下になりました。
本社オフィスがある物流倉庫前に立つ斎藤事業統括本部長(左)と松田社長(右)(写真:菊池一郎)
会社の体質を徹底的に見直した
斎藤:会社の体質を徹底的に見直したわけですね。
松田:そうです。14年頃から、3年をかけて課題を1つひとつ解決してきた感じですね。特別な戦略を掲げたわけではなく、マスを1つずつ埋めるようにコツコツとやってきました。やり続けるのはけっこう大変でしたね。
斎藤:ベンチャー企業の経営者は成長スピードを追い求めるものですが、松田さんは時間をかけてじっくりと組織の体質強化に取り組んできた。
松田:私も最初はスピードを求めましたが、やってみて、食材の流通というビジネスは少しずつしか伸ばすことができない仕事なのだとわかりました。多額の資金を投じれば一気に拡大できるというものではない面があります。
斎藤:現在の社員とは、意識やビジョンの共有ができていますか。
松田:以前は急速に採用を増やして失敗しましたから、今は慎重に面接をして会社の考え方をよく理解してくれる人を採用しています。必要がない限りは極力人を採らないことも意識しています。
今は事業拡大を求めつつも、仕事の質を高めることにより集中しています。拡大してから質を上げるのは難しいですが、質を高めながら大きくすることはできますからね。
斎藤:今後に向けた最大の課題はなんでしょうか。
松田:1都3県で、もっとお客さんを掘り起こせると思います。そのためには、品揃えも配送も含めてトータルの質を上げないといけません。例えばすしの名店、すきやばし次郎が八面六臂に食材を注文していただけないのは、品質がまだ十分ではないからでしょう。しかし、10億円を投じても品質はすぐには上がりません。名店の求める品質と価格を恒常的に実現できるためには努力し続けなければなりません。どうしても時間がかかるのです。
我々は、八面六臂を打ち上げ花火的な会社にしたくはありません。食は日々の生活そのものなので、それを支えられるしっかりした仕組みと土台を持った会社になりたい。食材の流通は厳しい仕事ですが、やり続けなければなりません。地道にやり続けることが、後続に対する参入障壁となり、競合に勝つ唯一の道だと思っています。
(構成:吉村克己、編集:日経トップリーダー)
破壊的イノベーションの時代を生き抜く処方箋
数多くの企業の新規事業創出を支援してきたトーマツ ベンチャーサポートが蓄積したノウハウをまとめた1冊、『実践するオープンイノベーション』が好評販売中です。
デジタル技術の大きな発展により、世界では従来からの業界の常識を覆す新しい企業が次々に登場。タクシー業界ではUberが、ホテル業界では宿泊予約サービスAirbnbが「破壊的イノベーション」を起こしています。
大きな変革が起きる中、日本企業も生き残りをかけて「オープンイノベーション」に取り組んでいますが、これまでの成功体験を捨てられず、イノベーションにつながっていないケースが多いのが実情です。
なぜ、オープンイノベーションがうまく進まないのか。そのカベを打ち破るには、経営者や新規事業担当者は何に取り組むべきなのか。トーマツ ベンチャーサポートが持つ知識をたっぷり紹介。併せて、先進企業の新規事業担当者によるインタビューも掲載しています。
詳しくはこちらをご覧ください。
Powered by リゾーム?