起業で成功するには、ビジョン、数字、政治力
第18回:早稲田大学ビジネススクール 入山章栄准教授(前編)
“起業大国”の米国でニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授を務め、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』などの著書もある入山章栄氏。早稲田大学ビジネススクールで経営学を教える准教授でもある。日本の起業シーンを活性化させるための手法を経営学の視点から評価し、米国との比較を盛り込みながら解説する。(聞き手は、トーマツ ベンチャーサポート事業統括本部長、斎藤祐馬氏。前回の記事は
こちらをご覧ください)
斎藤:ベンチャー企業が事業提携の相手を募って週1回、大手企業やベンチャーキャピタル(VC)にプレゼンテーションを行う「モーニング・ピッチ(Morning Pitch)」。2015年12月には特別版「Morning Pitch Special Edition」を開催し、いつもの10倍の1000人のオーディエンスが集まりました。入山先生をはじめ8人の審査員の方にも参加していただきました。
早稲田大学大学院の入山准教授(右)と、聞き手の斎藤氏。ベンチャー育成の場づくりについて議論は盛り上がった(写真:菊池一郎、以下同)
入山:日本の起業シーンに足りないものは、やはり「場」なんですよ。いろいろな人たちが集まって直接、顔を合わせて名刺を交換する空間が必要です。経営学の観点から見ても間違いない。
でも、場づくりって大変です。スペースを確保しなければいけないし、1回だけでなく定期的に繰り返さなければ根付かない。「毎週ここに行けば面白いことがある」と認知されて初めて、場になる。
ずっと斎藤さんに聞きたいことがあったので、逆に質問させてもらいますよ(笑)。
私の中では「Morning Pitch」はイノベーションに最も必要な場づくりの先駆けという印象です。地方の面白いベンチャー企業に東京や大阪の大企業が出資したり、事業提携をしていけば、もっと可能性が広がりそうですよね。
大企業の意識改革も期待
斎藤:起業を活性化するために、僕らは2方向からアプローチしています。1つは「Morning Pitch」のような起業家への支援、もう1つは起業家をサポートする大企業に意識改革を促す取り組みです。
まず、起業家への支援についてお話しましょう。地方のベンチャー企業にとって、重荷となるものは3つあります。1つ目は商圏の狭さ、2つ目はVCなどベンチャー企業の育成ノウハウを持っている支援者が東京に一極集中していて地方に少ないこと、3つ目が支援に回される資金がやはり大都市より少ないことです。
さらに、こうした課題を解決しようと上京しても、顔見知りもいない大都市では、すでにでき上がっている支援ネットワークの中に入り込むことができない。ここで、僕らが場を作ることによって、メディアや大企業、資金調達の金融機関などへの橋渡しをしようとしています。
入山:僕が米ニューヨーク州立大学バッファロー校のビジネススクール助教授をしていた頃に見聞きした話だと、シリコンバレーでも状況は同じだそうです。クライナー・パーキンス・コーフィールド・アンド・バイヤーズやセコイヤキャピタルのような著名VCも狭いコミュニティーで形作られている。そこに入る人脈を持っているかどうかが、シリコンバレーで生き残れるかどうかという「人生の境目」だと。人脈がものをいうのは学者の世界でも同じなので、そういう感覚はよく分かります。
斎藤:僕らの仕事はいわゆる目利きです。地方の面白いベンチャー企業を見つけ出し、場を用意して、ネットワークという“応援団”を提供する。大企業や金融機関などの側からしても、すでに選別の終わっている優良ベンチャーと交流できるので、非常に有意義です。「デロイト トーマツ グループとの付き合いのあるベンチャー」ということで、安心してくれます。
「目利き」のいないマーケットは縮小する
入山:有象無象の異業種交流会で名刺を交換して、「私たちはすごいビジネスをしています」と言われても、検証できませんからね。取引をする当事者間で情報の格差がある状況で、学術的には「情報の非対称性」といいます。中古車市場と同じですよ。相手の言っていることを信用できないとマーケットは縮小してしまう。中古車市場は、実現する可能性のある規模より何割も小さいといわれています。「Morning Pitch」ではこの情報の非対称性の問題が解決されているから、イベントとしての知名度もどんどん高まっているんですね。
斎藤:「Morning Pitch」の定員はもともと150人で、今は180人に増やしました。それでも、枠が一瞬で埋まるんです。参加できない人のほうが多い。さらに、会場に来られなかった人も、ウェブサイトで登壇した会社をチェックするので、電話がたくさんかかってきます。
入山:米国の、ノースダコタとかアラバマみたいな田舎の“ポテンシャルはありそうだけど注目されない企業”に「シリコンバレーまで来てプレゼンしろよ。ヒューレット・パッカードとグーグルとアマゾン・ドット・コムがいるから」と言うのと同じですよね。シリコンバレーの起業家だけで完結するのではなくて。
斎藤:東京だけでなく、全国7拠点でやっていますし、シンガポールでも月1回は開催しています。先日はデロイトのイスラエル事務所と東京をテレビ電話でつなぎ、イスラエルの現地スタッフが開拓してきたベンチャー企業にプレゼンしてもらいました。今後はさらにインドやシリコンバレー、ロンドン、ニューヨークなどとも連携する予定です。
入山:世界に広がるデロイトのネットワーク の大きさをうまく生かした仕組みということですよね。しかも、バーチャルではない、人と人との関係をベースにしている。その拠点を世界中に作るってなかなかできません。マッチング率の高い情報インフラをお持ちだということですね。普通のVCではできませんよ、こんなことは。
斎藤:起業の活性化でもう1つ大切なのが、大企業の意識改革です。新規事業開発の担当になるなど、起業というテーマが視野に入ったとき、起業家やベンチャー企業を育ててWin-Winの関係を築こうというマインドを持った人材を育てたい。大企業には知名度の高いブランドや全国の拠点という強力なインフラがあります。その社員という自分の立場を“利用”して起業の活性化に貢献してほしいのです。
支援者としての大企業に必要な人材の条件は3つあります。個人的なやりがいを自社のインフラを活用した仕事に見出せること。その仕事を10年以上、続けようと腹を括っていること。そして、目的を達成するために周りを巻き込む力があることです。
「個人のミッションは考えさせない」のが日本企業
入山:ある大手企業の人事担当の人と話したとき、おっしゃっていたのが
「人材育成において、個人的なミッションやビジョンというものは、あまり考えさせないようにしている」ということでした(笑)。あくまで会社の思想だけを刷り込むのだ、と。なのに、50歳くらいで「この人、そろそろ辞めてもらおうかな」となったときに、いきなり「おい、お前、人生のビジョンは何だ」とか言うから、みんな混乱する(笑)。
斎藤:今、大企業の社員を対象に、個人的なやりがいをいかに見つけるかをノウハウ化した「原体験ワークショップ」というのをやっているんです。自分の今までの人生を棚卸しすると大体、一番つらかったときと絶好調なときに価値観のベースとなる体験がある。それを基に、自分の人生のミッションを会社の仕事の方向性とどうすり合わせるかということを考えてもらうものです。
入山:マネジメント側にとってもメリットのある研修ですよね。ある大手企業では、ベンチャー企業に社員を派遣したら、理念に共感した人たちが「大企業で働いている場合じゃない」とばんばん辞めてしまったという話を聞きました(笑)。こうした人材の流出を防ぐことにもなるわけですから。
斎藤:「自分のミッションは、会社を利用したほうが実現しやすいんだ」という考えに持っていくのが、マネジメントのポイントですよね。「小さくても自分で事業をやりたい」とか「自分の手でお金を儲けたい」となると、辞めて起業する方向に向かってしまう。でも、「世の中にインパクトを与えたい」「個人ではできないような大きな仕事をしたい」となれば辞めないし、続けているうちに共感する人も増えてくる。時間がかかっても形になる可能性が高いですから。
入山:大企業にいてほしい人材の条件に「巻き込み力があること」とおっしゃっていましたが、具体的にどういう人でしょうか?
斎藤:ビジョン、数字、政治力の3つを兼ね備えている人です。気持ちの面で共感できるストーリーを生み出せること。頭で理解できる戦略をロジカルに語れること。そして、打算でも参加した方が得をすると思わせるプラットフォームを構築できることが大切ですね。
物事が好転する前って、一時的に後退したり悪化したように見えたりするじゃないですか。新規事業を軌道に乗せるまでも同じで、いわゆる「Jカーブ」の底を乗り越えるとき、協力者を募って反対勢力を説得するためにこの3つが必要なんです。底の段階では儲けるよりも、寝技を使ってでも潰されないことが大事。今までの日本企業が一番弱いところだと思います。
「Morning Pitch」の登壇者は75%が大企業の出身者
入山:ベンチャー経営者にとっても必須の能力ですよね。大企業出身の起業家は日本社会の構造を熟知していて「物事は人間関係で決まる」というのが分かっているから、根回しも上手い。大学を卒業したばかりの若い起業家が「とにかくまっすぐやります!」となると、大企業とうまく付き合えなかったり、巻き込めなくておしまいになる、というケースが多くないでしょうか。
斎藤:実は「Morning Pitch」で登壇している会社の75%は大企業出身の経営者なんですよ。
入山:それは驚きです。伝統的な日本の企業文化と起業家マインドのように、2つのフィールドでそれぞれ強みや深み、得意分野を持っていて、その間をつなげられる人材が強いということですね。経営学的には「バウンダリー・スパナー」、つまり「境界をつなぐ人」といいます。「H型人材」という言葉もあります。Hという字の両側の縦棒を真ん中の横棒でつなぐという意味です。1つだけ深く知る専門分野がある「T型人材」では生き残れない。
VCのWilでCEOを務める伊佐山元君が好例ですよね。ソニーとの合弁会社Qrioを立ち上げ、スマートフォンからドアロックを開閉するなどのIoT(モノのインターネット)商品を開発しています。あれだけの事業をなぜ運営できているかというと、ある経済誌のオンライン版編集長によれば「伊佐山君は日本興業銀行の出身だから」だそうです。たとえ大企業のトップとツーカーであっても、ビジネスの話を本部長や取締役などの頭越しにはしない。しかるべき順番で根回しをして、最終的にトップに届けます。興銀出身者としての根回し能力があり、シリコンバレーで上り詰めた経験もあるという意味で、「H型」と言えますよね。
(構成:名嘉裕美)
2013年1月、ベンチャー企業と大企業が出合うイベント「モーニングピッチ」が始まりました。毎週木曜日朝7時から開催し、登壇企業はのべ600社を超えています。今、大企業からも政府関係者からも注目を集めるこのイベントでは、時代の最先端を走るベンチャー企業が登場します。その中から101社を厳選して紹介する初の公式ガイドブック『
モーニングピッチ公式ガイド 未来を創るスゴいベンチャー101』がこのほど発売になりました。詳しくは
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