「定年廃止」と「被雇用者保険の適用拡大」を
出口:人口減少問題を解決するために、最初にやるべきこと。僕は "定年"の廃止だと思うのです。
森田:大胆な施策ですね。でもそれは、複数のことを一気に解決するでしょう。
出口 治明(でぐち・はるあき) ライフネット生命保険会長兼CEO(最高経営責任者)/1948年三重県生まれ。京都大学を卒業後、1972年に日本生命保険に入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。2006年にネットライフ企画株式会社設立、代表取締役就任。2008年にライフネット生命保険株式会社に社名を変更、生命保険業免許を取得。2013年6月より現職。
出口:そうなんです。定年を廃止すれば、まず年功序列がなくなります。同一労働同一賃金になる。すると海外から優秀な人材が入ってこない問題も、これで解決されます。また、高齢化による労働力不足も解消されます。アングロサクソン系の社会では、もうすでに定年が廃止されています。履歴書などで事前に年齢を聞くことが、そもそもダメなんです。世界がやっていることを、わが国ができないはずがないですよ。
森田:定年があるがゆえに辞めてしまった日本のメーカーの熟練したエンジニアが、別の国で雇われて技術が流出したということもありましたね。逆に言うと、日本ではその人材の価値を評価できなかったということ。もったいないですよね。
出口:生産年齢人口の定義は、今は15歳から65歳までですが、これからは20歳から70歳、あるいは25歳から75歳と考えてもいい時代だと思うのです。人の寿命が延びて人口構造も変わったのだから、働き方もそれに合わせて変えていくべきでしょう。また、もう一つ社会を変える鍵があって、それは厚生年金の適用拡大です。要するに、雇われている人は、正規・非正規にかかわらずみんな厚生年金にすればいい。契約社員も短期雇用もアルバイトも、みんな厚生年金および健康保険の適用を受ける。自営業をやっている人だけが、国民年金と国民健康保険。
森田:経団連が反対しそうですねえ(笑)。
出口:でしょうね(笑)。でも総理がやると言い出したら、経団連も従うでしょう。こういう政策をやれば、大企業でも雇用の流動化が起きて、必要な人だけがその会社で働くようになるでしょう。本来は生きていけないのに生き残っているゾンビ企業も消えます。それから2014年の厚生労働省の財政検証でも、月に5.8万円以上の収入がある労働者全員に被用者保険を適用したら、国民年金から厚生年金に約1200万人が移動して、年金制度の安定性が増すという結果が出ています。いいことばかりです。
森田:かなり大きな改革になりますね。しかもこれは、定年の廃止の話にもつながっている。働いている間は年金を支給せず、むしろ年金の原資を払い続けてもらうとなると、だいぶ変わりますね。
出口:そうなんです。働いていると、健康寿命が延びます。介護にかかる費用も減る。介護期間というのは、平均寿命から健康寿命を差し引いたものなので。
一生働くことを前提に人生設計を見直す
森田:高齢者に長く働いてもらうということは、若者の働く場を奪わずに、どうやって高齢者の職場をつくっていくかということになりますね。
出口:僕は定年を廃止することで、若者の働く場は奪われないと思っています。定年を廃止すると、企業は年功序列をやめます。そうなると、「年が上というだけであまり働かない部長」などは存在しなくなるでしょう。自動的に実力主義になっていく。
森田:たしかに。移行期は人事管理が大変でしょうけれど、それくらいやらないといけないということですね。そうなると、生産性とはなにか、高齢者とはなにかという、定義自体を見直すことが必要になってくるでしょうね。ひいては、人生観そのものが変わってくることになる。
出口:そうだと思います。一生働くことを前提にすると、人生設計が変わります。
森田:昨年、スウェーデンとエストニアの視察に行ったんです。スウェーデンは、人口あたりの医師数が日本よりも多いんです。でも医師はものすごく忙しく、人出が足りないと言われていた。行ってみたら、それがなぜなのかわかりました。みんな、2ヶ月くらい休暇を取るんです(笑)。例えば医局に10人の医師が配置されていたとしても、そのうち2、3人はつねに休暇中。で、残りの人が忙しく働いていて、休暇の人が帰ってくると今度は残っていた人が休暇を取る。だから、実働している時間あたりの生産性はすごく高いけれど、全体の労働時間は少ない。一方、日本では1年中べたーっと働いていて労働時間は長いけれど、生産性が低い。
出口:どっちが人間らしいかというと、スウェーデンのほうが人間らしい生き方だと思います。
森田:日本にも強制的に休暇を取らせるような制度があれば、労働生産性が上がると思います。短い時間で働かないと給料が減るという仕組みにすれば、短時間でがんばるようになるでしょう。
出口:うちの会社のシングルマザーは、ものすごく生産性が高い。保育所に迎えに行く時間が決まっているから、それまでに集中して仕事を終わらせる。でもそういう制限がないとやっぱり、ちょっとのんびりしてしまいますよね。森田先生がおっしゃるように、やっぱり仕組みが必要だと思います。残業は原則禁止で、例えば、上司が具体的な目的を明示して、指示した場合のみに残業ができるという法律をつくるとか。
森田:本来、会社はそうなっているはずなんですが、多くの人が残業しています。残業代をもらうために、わざわざ定時まではゆっくりして、そこから働き出すなんて話もあるくらいです。
出口:それは企業のトップが悪いという面もあると思います。トップが遅くに会社に戻ってきて、社員が残っていたときに「ご苦労さん、遅くまでよくやっているね」と労うなんてもってのほか。そうすると、残っていることが偉い、という価値観が社員に染み付いてしまいます。
それぞれの生き方を認め合う社会に
森田:残業については、その会社の価値観も関係してきますね。ホワイトカラー・エグゼンプションについても、残業代カットだと批判する人もいますが、今のやり方だとむしろ生産性をわざわざ下げるような仕組みになっているので、そこを是正しようという面もあると思います。最初はある程度、実験的に新しい働き方や評価の制度をつくっていかなければいけないと思います。うまくいけば、その会社で働きたいという人が出てきて、人の移動が起きるはずなので。
出口:成果主義にして、人の移動を起こしたほうがいいと思います。企業文化もそうですが、国としてもどういう生き方がいいのか、ということをちゃんと議論すると同時に、市民の一人ひとりが考えていくべき問題だと思います。これは僕個人の考えですが、やはり仕事は集中して生産性を上げて、人生そのものをエンジョイしていきたい。家族と過ごす時間もつくりたい。そういうことが認められる社会にしていくんだ、というコンセンサスがあって初めて、人口減少問題への整合的な政策も効果が出てくるのだと思います。
(おわり)
(構成:崎谷実穂)
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