フランスの出生率を回復させた特効薬とは
森田:出口さんは少子化対策について、フランスの「シラク3原則」のことをコラムで紹介されていますよね。すごく興味深い政策だと思ったので、その件について少しご説明いただけますか。
出口 治明(でぐち・はるあき) ライフネット生命保険会長兼CEO(最高経営責任者)/1948年三重県生まれ。京都大学を卒業後、1972年に日本生命保険に入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。2006年にネットライフ企画株式会社設立、代表取締役就任。2008年にライフネット生命保険株式会社に社名を変更、生命保険業免許を取得。2013年6月より現職。
出口:それには、なぜフランスが少子化対策に本腰を入れたか、という話に遡る必要があります。フランスの市民は、1980年から90年代にかけて、フランス文化がこのままでは後世に受け継がれないのではないか、という危機感を覚えたのです。アンケートをとると、フランス人の40数%しかフランスワインを飲まなくなっていることがわかった。しかも、1993年にはパリにディズニーランドができて、その他英語で教える大学院もできた。でも、フランスの人々はやっぱり自国の文化を守りたいと考えた。そして、文化を守るとはどういうことかを考えた結果、「フランスで生まれ、母語(マザータング)がフランス語である人を増やそう」という結論に達したのです。
森田:そこからの少子化対策だったと。理由が明快ですね。
出口:そうなんです。単に人口が減ったから増やそう、というのではなく、なぜ増やさなきゃいけないのか、それにはどうすればいいのか、ということを真剣に考えた結果だったのです。そして、「シラク3原則」という政策パッケージが出てきました。
1つ目の原則は、子どもを持った人に新たな経済的負担を生じさせないこと。僕の理解としては、女性が好きなときに赤ちゃんを産む権利を保証するということです。女性が産みたいときに、出産・育児に必要な経済力が備わっているとは限らないので、その差を税金で埋める、という政策です。
2つ目の原則は、無料の保育所を完備すること。待機児童ゼロということですね。1つ目の原則とセットで考えると、保育園のコストは、0歳児の場合は高い。1歳以降から低くなる。だから出産から最初の1年は、給与をほぼ100に近いかたちで保障する。するとほとんどの人は休みます。そして2年目からは給与保障を少し下げて、働き始めてもらい、保育所を利用してもらう。すると、保育所運営にかかる社会的コストを抑えることができます。こういう設計もちゃんとしてあるのです。
そして3つ目は、育児休暇から復帰したときには、ずっと勤務していたものとみなして企業側は受け入れる、というもの。ランクも同じです。
森田:この3原則が守られると、だいぶ出産・育児と就労が両立できますよね。
出口:かつ、婚外子を差別しないPACS(民事連帯契約)も、この政策パッケージに含まれます。国が本気を出して、出産・育児に関する選択肢を増やしたのです。これによって、フランスは出生率が1994年の1.66から、わずか10年で2.0前後まで上昇して、安定しました。
どれくらい本気で子供が欲しいのか
森田:人口問題の研究者によると、少子化というのは本当にさまざまな要因が関係しているんだそうです。だからこそ、こうすれば子どもが増える、と言える特効薬はないのが正直なところ。それはおそらく、「シラク3原則」についてもそうなんじゃないかと思います。フランスの場合はうまくいきましたが、日本でも適用できるかどうかはわかりません。
出口:なるほど。日本だとフランスとは違う要因で、子どもを産まない人が増えている可能性もありうると。
森田:日本やドイツは長期トレンドとして、出生率が右肩下がりです。一方、フランスやスウェーデンは、一時出生率が下がりましたが、少し上昇してそのまま維持していますね。ただ、それは少子化を遅らせているだけという説もあります。ただ長期的な視野で見ると、日本で晩婚化は明らかに進んでいるので、子どもを産む年齢も総じて上がってくる。そうなると、産む人数は昔に比べて減ります。だんだんと人口減少をしていく、というのは正しい予測だと思われます。
出口:そうですね。人口が減っていくのは止められないでしょう。安倍首相が発表した「新3本の矢」の政策には、「希望出生率1.8」という数字が出てきましたが、これについてはどうお考えですか?
森田:希望出生率とは、国民が予定していたり、理想としていたりする子どもの数の数から算出した数値です。
これは、例えば国民に「あなたは年収いくら欲しいですか?」と聞いて、「600万円あれば」「800万円は欲しい」「1000万円を目指したい」などと答えた数値を平均したら800万円になったということです。
出口:そうですね。
森田:民間の研究機関である「日本創生会議」では、合計特殊出生率(※)が2025年に1.8、2035年に2.1に回復すれば、総人口が約9500万人で安定すると計算しているようです。でも、合計特殊出生率が2.1を超えても、子どもを産む世代の女性の数は2010年から60年の間に約46%まで減ります。そうすると、この減り方を上回るだけの出生数がないと、維持できない。希望出生率が1.8だからといって、合計特殊出生率がそれに沿って上がるとは思えないし、基本的には人口が減ることを前提にして社会のあり方を考えていく必要があると思います。
※ 一人の女性が一生に産む子どもの平均数を指す、人口統計上の指標
人口が減り続ける社会は、まだ誰も体験していない
出口:人口が減り続ける社会というのは、歴史上はあまり例をみないですね。
森田:日本の人口って、平安時代は500万~700万人くらいで、戦国時代から江戸時代初めころが1200万人、江戸の半ばから3000万人くらいになって、明治になってから急速に増えたんです。そして、2008年の1億2808万人をピークに、減少に転じました。短期的には増えたり減ったりしていたのですが、長期的なトレンドとして減り始めたこの状況は、まったく経験したことのない未知の世界なんです。
出口:たしかに。これまでの歴史的な知恵が生かせない領域に入っている、ということなんですね。でも、まだまだ生産力を高めるために、国が打てる手はあると思うのです。そのひとつは、子どもの貧困問題を解決すること。特に、大人がひとりの世帯の相対的貧困率は2009年時点で50.8%。大人が二人以上いる世帯の相対的貧困率が12.7%ですから、ひとり親世帯が特に経済的に困窮しているわけです。ここに集点をあてて、給付を厚くすることは焦眉の急を要します。
それからもう一つは、女性の社会的地位の向上です。
森田:男女平等の度合いを指数化した世界経済フォーラムの「ジェンダーギャップ指数」で、2015年の日本のランキングは145カ国中101位でしたね。
出口:先進国で100位以内にも入れないというのは、どうなんだろうと思うのです。この指数は、女性の地位を経済、教育、政治、健康の4分野で分析しているのですが、日本は女性の労働参加率が低く、男性との賃金格差が大きいことが、順位を大きく下げる要因になっています。こういう状況ならもう、社会全体で女性が働きやすいように意識的に男性と差をつけていくのは当然だと思います。
森田:議員・閣僚や役員の一定数を女性に割り当てるクオーター制の導入などですね。
実利面と精神面、両面からサポートを
出口:はい。女性へのサポートは、そうした実利的な待遇と精神面、両方でやっていくべきだと考えています。例えば、最近は周辺住民の反対で保育園が新設できないとか、子どもを外で遊ばせないようにするとか、そういうニュースがありますね。僕はこういうことについては、メディアがちゃんと意見を発信して、女性や子どもを擁護したほうがいいと思うのです。それが精神面のサポートです。メディアが中立的な立場で両論を載せるのは、無責任ですよ。子どもは泣くのが仕事だ、何が悪いのだと、はっきり書くべきです。
森田:「保育園の声がうるさい」と苦情を言うのは、高齢者が多かったりします。昔は人口構造的にお年寄りの絶対数が少なかったので、多少のわがままも許せたけれど、高齢者が多数派になって意見を通そうとし始めると、下の世代にとってはそうとうの負担になります。お年寄りの立場も昔とは違う。
出口:引退して家にいるから、近隣の騒音が気になるのです。外に出て、働けばいいんですよ。
森田:出口さんも67歳で、まだまだ現役の経営者として働いてらっしゃいますもんね。
(次回へ続く)
(構成:崎谷実穂)
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