人口構造の変化を、歴史的に見ると?
出口:僕は国立社会保障・人口問題研究所の将来人口推計に、いつも注目しています。その数値をもとに、コラム記事を書いたこともあります。だから今日、森田所長とお話できるのを楽しみにしてきました。
森田:こちらこそ、ありがとうございます。
出口 治明(でぐち・はるあき) ライフネット生命保険会長兼CEO(最高経営責任者)/1948年三重県生まれ。京都大学を卒業後、1972年に日本生命保険に入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。2006年にネットライフ企画株式会社設立、代表取締役就任。2008年にライフネット生命保険株式会社に社名を変更、生命保険業免許を取得。2013年6月より現職。
出口:さっそく人口問題の話に入りたいと思うのですが、僕は歴史オタクなので、ついつい人口問題も歴史的な観点から見てしまいます。例えば、中国の最古の戸籍登録人口は、西暦2年の59,594,978人、つまり約6000万人が住んでいた。でも三国志の時代に入ると、2000万人を割り込んで、6000万人まで人口が回復するのは隋の文帝の時代になります。
森田:歴史的に見ると、人口が一様に増えてきた、あるいは減ってきたというわけではないんですね。地域ごとに増えたり減ったりしながら、世界全体として人口が増えてきた。
出口:ペストが流行したときはモンゴルを含め、ユーラシア全体で人口が減りましたからね。人口が減るのは基本的には、病気が流行する、戦いが起こるなど、人類の繁栄が妨げられているときです。先ほど例に出した中国で言うと、人口が減っている間は、統一政権が出現していません。イタリアの人口学者が書いた『人口の世界史』という本では、人口の増加こそが、長期的に見れば繁栄であり、安全であり、豊かさであると書かれている。だから、安易に「これまでの人口が多すぎたのだから、減っても別に問題がない」という意見には、同意しかねます。
森田:長期的に見て人口が減り続けているというのは、日本にとって初めての状況なんです。そこはちゃんと認識しなければ、対応を誤ることになるでしょう。
出口:人口の増え方もやはり歴史的に見ていく必要があると思います。我々の先祖はだいたい4~5人の子どもを生む動物だったようですね。でも、小さい頃にかなり高い確率で死んでしまうので、残るのは1~2人だった。これが人間の動物としての基本で、だからこそ昔の平均寿命はかなり若かった。中世やそれ以前の世界の平均寿命は20歳代で、30歳以上になってくるのは産業革命あたりからです。このあたりから医療や公衆衛生が進歩して、文明も発展してきたので、子どものうちに亡くなることが少なくなってきた。人間の動物としての増え方とは、違う構造になってきたのです。
森田:そうですね。昔の人口構成は、よく言われるようにピラミッド型だったわけです。それはまさに出口さんがおっしゃったように、たくさん生まれて若いうちに亡くなっていったから。上に行くほど人口が少ないというのは、そういうことです。飢饉やら病気やらで、50歳、60歳になる前に亡くなる人がすごく多かった。ところが今の人口構成は、頭でっかちのつぼ型になってきている。
出口:ある程度の年齢まで、容易に人が死なない社会になってしまった。
「人が死なない社会」に、どう向き合うか
森田:日本の15歳未満の「年少従属人口」と言われる世代が一番多かったのは、1954年なんです。そして、15歳から64歳までの「生産人口」世代のピークは、1995年です。そして、65歳以上の高齢者の人口が歴史上もっとも多くなるのは、2040年と予想されています。つまり、1955年から若い人が減り始めていた。人口減少の芽は出てきていたんです。
出口:生まれる子供の数が減って、下の方の段が小さくなってきていた、と。
森田:でも容易に若い人が死ななくなったおかげで、ピラミッドの下の段が減らずに上に上がっていって、全体的に人口は増えていた。ところが、その1955年にたくさん存在していた若者も、いまや60歳以上になりました。すると、少しずつこの世からいなくなって、全体の人口も減っていく。それが今の状況です。この構造自体は人口学の見地から見ると、20世紀の終わり頃からある程度わかっていたのですが、政策には反映されてこなかった。全体の数字だけ見ると、まだ人口も増えていたので、「がんばれば、この人口を維持できる」と錯覚してしまったんですね。それにともなってまだまだ経済成長もする、という勘違いも生まれてしまった。
出口:新しい人が増えて人口が増えているのと、人が死ななくなって人口が増えているのとでは、それから先に待っている未来がまったく違います。
森田:そうなんです。また、日本の経済成長は人口ボーナスがあったからだとも言えます。人口ボーナスは、生産人口に対し、従属人口の比率が少なくなっていくときに起こります。従属人口とは、15歳未満と65歳以上の養われる人口のことです。子どもとお年寄りですね。養われる人口が少なくなると、生産人口の生産余力が投資に向かって、それが高度成長をもたらします。日本では1960年代から1990年代くらいまで、人口ボーナス期でした。
出口:その頃は高齢者もまだ少なくて、かつ少子化が同時に始まりだしたので、従属人口が減ったのですね。
森田:日本は比較的人口ボーナスが早い段階から始まって、その時代が長かったと思います。急速に成長を遂げたアジアの国では、従属人口の比率が減ってからそれほど間を置かずにまた上がりだして、社会保障制度の整備や経済成長がなかなか追いつかなかったと言われています。人口ボーナスが終わると、人口ボーナス前よりも大変な状況になってしまいます。従属人口といっても、子どもより高齢者が多くなっているから。そこからまた経済成長をするのは、コストがかかるし、そうとう生産性を上げないと難しい。
出口:そうですね。
森田:いまだに「失われた◯◯年」という言い方をする人がいます。この言い方は、人口ボーナスの時代が"通常運行"で、今はちょっと例外的に悪くなっているだけ、というニュアンスがある。でもよく考えると、東京オリンピックが1964年で、日本の経済成長のピークが1990年だとすると、その間26年。そして、1990年から今年までが、ちょうど26年です。つまり、成長していた期間と失われた期間が同じということは、その失われた状態が、新しい基準になっているということです。以前の人口構造で起きたような経済成長はまず起こらないんだと、頭を切り替えないといけません。
「偽装離婚を考えている」というメールが
出口:人口構造を踏まえて政策を考えることは、非常に重要です。適切な対応策をとれば、増やすのは無理でも、下げ止まらせる、減るスピードを遅くすることくらいはできると思います。例えば、保育の問題。子どもを産めと言いながら、保育園に入るのに熾烈な競争があるなんて変じゃないですか。ある人から「保育園に入れるために偽装離婚をしようかと考えている」という相談メールをもらったことがあるんです。
森田:それは深刻ですね……。
出口:若い母親にここまで悩ませるような国に未来はあるのか、と憤りを覚えました。これって、ただ保育園を増やせばいいとか、そういう問題じゃなくて、もっとベースの部分から議論しなければ解決されない問題だと思います。人口を下げ止まらせるためにはなにをなすべきか。数字をきちんと見て、ベーシックな部分から考えるべきです。
(次回へ続く)
(構成:崎谷実穂)
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