2013年の参戦以来、4年連続でドライバー/コドライバー/マニュファクチャラーの3つのタイトルを獲得し、他チームをまったく寄せ付けない圧倒的な強さだったのですが、排ガス不正問題への対応の一環として、モータースポーツ戦略を見直すための撤退、ということでした。メディアや関係者はもちろん、オジエたちVWの選手本人ですら何も知らされていなかったそうですから、まさに青天の霹靂でした。

昨年タイトル4連覇を決め歓喜に沸くオジエ/イングラシア組。その直後に、VWが突然の撤退を発表するという…なかなかジェットコースターな人生を送る2人です(写真:Volkswagen Motorsport)

 VWが撤退を決めたとき、トヨタは既にフィンランド人のユホ・ハンニネンとの契約を発表していましたが、もう1人のドライバーを決めかねていました。

 ハンニネンは2014年にヒュンダイのサードドライバーとしてWRC数戦に出場しましたが、2015年にはその座を失い、鳴かず飛ばずの状態に。悪くはないドライバーですが、超一流とは言いがたい。新興チームとしては、より経験と速さを持つドライバーを迎えたいところ。しかし、才能のあるドライバーはすべて他チームと契約済みで、これぞという人物がなかなかいない。

 しかし、早々にドライバーを全員決めてしまわなかったことが、トヨタにとっては幸いしました。VWの突如の撤退で、所属していた3人のドライバー、セバスチャン・オジエ、ヤリ=マッティ・ラトバラ、アンドレアス・ミケルセンという超一流ドライバーたちが、来季のシートを求めてドライバー市場に現れたからです。

才能はあるのに、山あり谷あり

 4年連続の世界王者オジエはヤリスWRCをテストしましたが、トヨタではなくMスポーツ(車両はフォード・フィエスタWRC)への加入を決めました。そして、オジエのチームメイトだったラトバラがトヨタに加わることが決定したのです。

 かつて三菱とスバルに所属し、WRCで4回タイトル獲得したトミ・マキネンがチーム代表、チームの本拠地もフィンランド、フィンランド人の2人のドライバー、そしてこれまたフィンランド人の若手エサペッカ・ラッピがテストドライバーとして加わり、フィンランド人で固められたトヨタチームが船出することになったのです。ちなみに、ハンニネンのコドライバーとして、このコラムにも登場したベテラン・コドラのカイ・リンドストローム(マキネンや元F1王者キミ・ライコネンのコドラでもあった)もトヨタの一員に加わっています。

ラトバラ(左)、ハンニネン(左から2番目)、テストドライバーのラッピ(右から2番目)、チーム代表のマキネン(右)

 なお、シトロエンとヒュンダイはすでに3人のドライバーと契約済みだったので、シートに空きがあったのはトヨタとMスポーツだけでした。それでも、シトロエンがオジエを獲得するのではと噂されていましたが、関係者の話ではオジエがシトロエンに復帰する路線は早々に消えていたそうです。その後、VWがすでに完成させていた2017年版ポロR WRCを、カタールの王族で自身もラリー選手であるナッサー・アル・アティヤー(2014年のWRC2チャンピオン。また、クレー射撃選手としても活躍し、ロンドンオリンピックでは銅メダル獲得という多才ぶり)が支援し、プライベートチームとして走らせるという噂も出ましたが、実現には至りませんでした。

 話をラトバラに戻しましょう。ラトバラは、“ゾーン”に入ったときはチャンピオンのオジエをも凌駕するほど速い、なぜそんなに速いのか誰も理解できないくらい速い。かつ、現在のWRCでは最も経験豊富な選手の1人です。しかし、その速さが一貫せず、時に派手なクラッシュを演じてしまうドライバーとして有名です。私たちファンは、彼の名前(ヤリ=マッティ)をもじって、「ヤッチマッティ・ラトバラ」と(愛情を込めて)呼んでいます。

 2013年にオジエのチームメイトとしてVWに加入したラトバラですが、当初はオジエが開発し、オジエ好みに仕上がっていたポロR WRCに自身のドライビングスタイルを合わせることに大いに苦労しました。やがてドライビングフォームの改善にも成功し、新たにメンタルトレーナーにもついてメンタル面の弱さも克服。クラッシュ癖も消えてタイトル獲得が現実的に見えてきた…かに思えたのですが、2016年シーズンはメカニカルトラブルなどの不運が重なったことでモチベーションを失い、クラッシュ癖も再発して「ヤッチマッティ」に戻ってしまい、選手権の順位も低迷してしまいました。

 そして2016年12月、ラトバラはトヨタ GAZOO Racingと契約します。