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キャンディデート・イベントを開催していなかった

 もう一つ、日本が落ちる原因となった、決定的と思われる理由があります。

 新しくWRCへのカレンダー入りを目ざすイベントは、その前年に「キャンディデート(候補者)・イベント」と呼ばれるラリーを予行演習として開催し、それをFIAやWRCプロモーターに視察してもらうのが通常です。

 チリはキャンディデート・イベントを2018年4月に開催しました。チリ中南部にあるコンセプシオンという都市をベースに、海沿いのステージから山間のステージを比較的コンパクトな距離の範囲で設け、成功を収めました。開催範囲をできるだけコンパクトにし、かつ、ステージにバラエティを持たせるというのは、WRCプロモーターが好むポイントでもあります。各ステージが広範囲に散らばり、ロードセクション(ステージ間の移動に使われる一般道)が長いラリーは、近年は嫌われる傾向にあります。2018年からWRCに加わったトルコも、地中海のリゾート都市マルマリスをベースに、コンパクトな範囲で海沿いのステージ、山間部のステージを設けて、TV映像映え、写真映えする美しい光景が好評でした。さらに表彰式には、エルドアン大統領が出席するという力の入れようだったのです。

2018年からWRCに加わったトルコ。美しい海沿いのステージは特に評判がよかった ©TOYOTA GAZOO Racing

 日本は、このキャンディデート・イベントをまだ行っておらず、11月頭に開催される新城ラリーをキャンディデート・イベントとして行う予定でしたが、決定がくだされた10月時点では未開催。開催実績がない、どんなコースが用意されるのかわからない――。一方、落選候補だったコルシカ(ツール・ド・コルス)は、1956年から開催されている最古参イベントの1つで、WRCがスタートした1973年からWRCのカレンダーに加わっています。「1000のコーナー」と呼ばれる曲がりくねったコルシカのコースは、あまりにも有名です。

 内外の関係者から直接うかがったお話を総合すると、日本側は、WRCプロモーターと契約した時点で安心しており、「WRCプロモーターがYESと言ったものをFIAが待ったをかけるとは想像もしていなかった」というのが真相のようです。10月11日になって入ってきた日本落選のニュースは、WRC日本ラウンド招致準備委員会にとっても、寝耳に水だったのです。キャンディデート・イベントが未開催であることを理由にされれば、反論ができないのですが、それはWRCプロモーターと契約した8月時点で分かっていたこと。コルシカの主催者は、古参イベントを運営してきただけあり、老獪でした。問題になっていたロジスティクス費用も、FIAを味方につけて選手権登録料を割引させることでチャラになるという驚きの方法を取ってきたのですから。結局のところ、ロビー活動、つまり政治力の差が明暗を分けたのでした。

 かくして、11日のWRC委員会で日本を除いた14戦で行うという結論になり、12日の世界モータースポーツ評議会で正式に承認されました。カレンダー入りを果たしたチリは12日の正式発表直後にWRCプロモーターと国旗を持って記念撮影。ちゃっかりパリにいたことからして、根回しも十分に済んでおり、開催が承認されることを確実に知っていたと思われます。

2020年開催に向けて仕切り直し

 では、ラリー・ジャパンが開催される可能性はなくなったのかというと、そうではありません。認められなかったのは、あくまで2019年の開催です。WRC日本ラウンド招致準備委員会は10月13日、2020年開催に向けて活動を続けることを発表しました。

 11月2~4日には、予定通り、新城ラリーがラリー・ジャパンのキャンディデート・イベントとして開催されました。FIAからミシェル・ムートン氏(80年代に大活躍した女性ドライバー。現在はFIAのWRCセーフティ委員長)、ティモ・ラウティアイネン氏(マーカス・グロンホルムのコドライバー。FIAのWRC委員会副総裁)が来日。WRCプロモーター関係者らとともに、視察を行いました。ムートン氏らは、「改善しなければならない点はあるものの、概ね合格」との感想だったようです。

11月2~4日に新城ラリーがラリー・ジャパンのキャンディデート・イベントとして開催された ©TOYOTA GAZOO Racing