第8戦フィンランド以降、トヨタのヤリスWRCは明らかにパフォーマンスが向上して、ライバル達を上回っていました。理由は、フィンランドで新たに投入された新スペックのエンジン。WRCの現在のルールでは、いったんホモロゲーション(レースで使ってよい、という認定のこと)を受けると、その後のアップデートは厳しく制限されていますが、年3回まで「ジョーカー」と呼ばれる追加の公認申請を行うことができます。トヨタは、フィンランドでジョーカーを切り、パワーアップしたエンジンを投入したのです。続くドイツでも、ライバルたちを圧倒して勝利しました。

第10戦トルコでは、ヤリスWRCは旧スペックの車に戻されました。1人のドライバーが使えるエンジンは年間3基までという制限があるので、13戦のうち、どうエンジンを使い回すか配分が必要なのです。低速コーナーが多く、パワーをあまり必要としないトルコで、トヨタはいったん旧スペックの車両を使うという作戦に出たわけです。
それまでの2戦と違い、トルコではタナクはオジェやヌーヴィルに先行されてしまいました。しかし、まずヌーヴィルがサスペンションのトラブルでリタイヤ。これで優勝はオジェと思われましたが、なんと凡ミスでコースオフして、リタイヤしてしまったのです。私は、トルコに現地観戦に行っていました。海風が吹き付ける中、崖をよじ登り、フランス国旗を高々と掲げて待っているのに、一向にオジェ車がやってこないわけです。「ああ……」。彼がどこかで止まってしまったのだとガッカリするしかありませんでした(涙)。そうしてライバル達が脱落していく中、辛抱強く生き残っていたタナクが優勝。選手権争いで2位に躍り出ました。
「絶対王者」とすら言われるオジェは、なぜミスを連発するようになったのでしょうか。実は、シーズン序盤こそ各チームとも車のパフォーマンスは僅差でしたが、シーズンが進むにつれ、オジェが所属するMスポーツ以外のチームは車両に改良を施してパフォーマンスを上げていきました。ところが、Mスポーツはそれに追いつけていなかったのです。パフォーマンスで劣る車で悪戦苦闘しながらライバルたちについて行くには、100%以上の力を出す走りを続けるしかなく、その結果、ミスをしていたのです。
スポーツでは、どの分野でも、限界を攻めるほどミスをしやすいものです。例えばフィギュアスケートだってそうじゃないですか。以前は浅田真央選手、今は紀平梨花選手が大技のトリプルアクセルに挑んでいますが、難易度が高い分、ミスする可能性も増えます。
資金面で劣るMスポーツ。パフォーマンス不足で苦戦
Mスポーツは、WRCに参戦する4マニファクチャラーの中で、唯一のプライベーターチーム。資金面、リソース面では、ほかのチーム(トヨタ、ヒュンダイ、シトロエン)とは段違いに小規模です。2018年からフォードの名前が復帰してチームの正式名称は「Mスポーツ・フォード・ワールドラリーチーム」となりましたが、実際にはフォードからの支援はシーズン前に期待されていたものではなかったのです。限られたリソースの中、チームみんなが頑張ってはいたのですが、いかんせん、お金がない。Mスポーツが製作するエンジンは、ちょっとパワー不足(ステージにいて、たとえ姿が見えなくても、Mスポーツの車は音で分かります。ちなみに、個人的感想で言えば、一番パワーがありそうなエンジン音はシトロエンです)。シーズン半ばでフォードの協力を得て改良したエアロを投入したのですが、これもイマイチでした。

残り3戦にして選手権のトップ、ヌーヴィルから23ポイント遅れの3位。車のパフォーマンス差は明らかで、シーズン残りも苦戦が予想されることを考えれば、23ポイントはあまりにも大きいように思えました。私も、「今年はヌーヴィルかタナクがタイトルをとっても仕方ない」と諦めかけていました。
トルコで惨敗した後、オジェのコドライバーのイングラシアが、私に「カルマだよ……カルマってわかる?」と言いました。ずっと不運続きの状況をそう言ったのです。意気消沈している彼らを何とか勇気づけねばと、私は厄除け祈願へ出かけました。こちとら先祖代々仏教徒の日本人。カルマ(業)、わからいでか。日本には仏教のほかに神道もある、困った時は神頼みです。
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