日本は「デザイン」を軽んじてはいないか

イギリスは自動車などの製造業がすっかり衰退してしまったので、本気でデジタル分野、クリエーティブ産業に舵を切ったのでしょう。

田川:イギリスは人件費も高いので、古風なスタイルの製造業は難しい。それもあって、産業育成としてはデジタルやデザインを駆使して高い付加価値をつける方向の戦略を選んだのだと思います。

クリエーティブ産業振興のキーワード「3つのD」のうち、デザインについてはイギリスではどんな風に理解されていますか。日本で「デザイン」というと意匠の意味で理解されることが多い。

田川:デザイン思考の流れもあり、ずいぶん日本でも認識が変わってきていると思いますが、デザインを狭い領域のこととして捉えている人もまだまだ多いと思います。イギリスの場合、デザインは社会を変える力の一つだと考えられているように思います。デザインの社会的価値や責任についても多くの議論がなされます。デザインは社会に対して新しい可能性を具体的に提示し、その周辺で活発な議論が沸き起こる。このような環境が優秀なデザイナーを育てているのではないかと思います。

 デザインに携わるプロフェッショナルに対する尊敬も高く、企業の経営層がデザインを捉える視点も高いレベルにあります。日本の場合は、まだ工程の一部という位置付けで考えている方々も多いのではと思います。

ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)の教授が、首相官邸で講義をしていると聞いた時、イギリスにおけるデザインの位置付けが分かった気がしました。一方で、日本のデザインは世界でどう見られていますか。

田川:大きく3つのイメージで受け取られているように思います。最初は伝統的文化としての禅の静かな世界観。次に、1980年代を中心に世界を席巻したソニーに代表されるプロダクトデザイン。最後は、ロボット技術が進んだハイテクシティーというイメージ。「なぜこれほどトイレに情熱を燃やしてハイテク便座を作ってしまうのか」といった不思議なエキセントリックさ。

ソニーデザインと禅の世界観は別物だと思いますか。

田川:連続していると思います。ソニーデザインも非常に抑制的で引き算的なアプローチです。細部を突き詰めていく繊細とも過剰とも言える感覚は、日本のクリエーティブの魅力の一つです。そう考えると、ハイテク便座のエキセントリシティーも、これらに連続していると考えられるかもしれません。

 イギリス人からは「細かい部分への情熱の注ぎ方はとても真似できない」と言われます。細部の作り込み、高度なすり合わせ、完成度…。

デザインの中に、職人芸的要素が強いということでしょうか。

田川:そうだと思います。「多くを語らない美学」がデザインにも働いていて、それが魅力を生んでいる一方で、その副作用としてデザインと社会の間の接続が弱いのかもしれません。日本人はもともと「あ・うんの呼吸」のような「非言語コミュニケーション」に価値を置く文化を築いてきましたが、それを大事に継承しつつ、「言語化してコミュニケーションを促進する」アプローチもこれからは必要になるのではと思います。

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