パラリンピアンの“足裏”センサーでバリアフリー化?

確かに、身体的センサーが極度に高められている人間の経験知というのは、強力な評価軸になりそうですね。

為末:特にパラリンピアンは感覚が鋭敏です。車いすランナーは、地面のちょっとした傾きも察しますし、ブラインドサッカーの選手たちはピッチに立った瞬間に「ちょっと傾いている」と言ったりする。設計上はそうなっていなくても、選手みんなが同じ方向に傾いていると言う。一体、どんなセンサーが足の裏についているのか分からないのですが、彼らの足を使って街の歩道のバリアフリー化をすると最高のものができあがるんじゃないかと思います。

それは完璧なものができそうですね。為末さんは「ランニング部」で子どものスポーツ教育にも取り組んでいますが、その活動から得られる気づきはありますか。

為末:世界に向けての発信という側面では、「スポーツによる教育」というコンテンツは、日本独自の強みになりそうだと感じています。

 日本では、小さい頃からの習い事も含めて、スポーツに「集中力を鍛える」とか「継続する力を伸ばす」とか、教育的意味合いを持たせます。世界的に見ると、スポーツに教育的価値を持たせるのは珍しい。今後、アジアが「勉強一辺倒だけではない教育」に目を向けた時、教育コンテンツとしてのスポーツを打ち出せたら面白いと思っています。

 ブータン王国オリンピック委員会親善大使をやっていますが、子どもたちの健全な生活を支えるために日本の「部活」を導入したいという話が出ているんです。

「体育会系2.0」が世界を変える

良くも悪くも、日本企業では「体育会系人材」が歓迎されてきた歴史があります。

為末:ただ、今は根性だけではなくて、より知性が求められている印象があります。日本ラグビーのエディー監督のリーダーシップに、知的な魅力を感じている人は多いと思うんです。ガッツだけではない、「体育会系2.0」みたいな価値観は世界にも受け入れられると思います。

スポーツの多面的な価値をもっと分析・評価することで、可能性は拡がりそうですね。都市におけるスポーツの役割は何だと思いますか。

為末:個人の健康維持というのはもちろんありますが、都市全体においてはコミュニティー形成の役割が大きいと思います。

 スポーツって、プレイヤー以外のいろいろな人に、ちょっとした役割を与えるんです。ゲーム中の水を準備するとか小さなことも含めて、スポーツが生む役割によって地域のコミュニティーが豊かになる効果があると思います。

 ヨーロッパでよく見る光景として、地域にあるグラウンドに、おじいちゃんが朝から子どもを連れてきて、子どもたちはサッカーをやっている。グラウンドのすぐ横にあるパブで大人たちは昼からお酒をゆったり飲んでいて、夕方になると試合が始まる。街の人々がつながる中心に、ごく自然にスポーツがある。一つの理想的な形だと感じました。

 その意味で言うと、日本の場合は陸上にしてもサッカーにしても、競技場が「でかくて、少なくて、離れている」という現状です。

次ページ 学校の校庭を地元に開放すると…