ひたすら競技に集中し、技術を磨けば金メダルが獲れる。ならば、その道をただただ脇目も振らず進んでいくのもありでしょう。しかし、この時の萩野のように不測の怪我で思い通りに練習ができないこともある。存分に練習ができても調子が上がらないこともある。金メダルへの道は決して真っ直ぐで平坦な道ではなく、大小さまざまなデコボコのある道です。

 そのデコボコをコーチが均し、選手にはひたすら平らな道を走らせる。そんなやり方もあるのかもしれませんが、私はその方法は取りません。

 理想は、自ら考え、前に進める選手。究極的にはコーチがいなくても大丈夫な選手です。コーチを職業にしながらコーチが要らない選手を育てたいというのは何だか逆説的ですが、北島康介はその道を歩んでくれました。

 五輪で2大会連続の金メダルを獲得した後、自らの新たな可能性を求めて、自分の足で歩き始めました。リオ五輪を前にチーム平井の練習に加わりましたが、それはかつてのコーチと選手の関係というより、同志のような関係でした。残念ながら五輪出場は叶いませんでしたが、萩野をはじめ若い選手たちは、自らの足で立ち、不屈の闘志で挑む姿から多くのことを学んだと思います。

 北島には周囲の人々を巻き込み、自分の力に変える力があります。それは、どれほど輝かしい実績があっても唯我独尊にならず、周囲への気配りや感謝の気持ちがあってのこと。視野の広さがあってのことです。

 萩野にはキャプテンというポジションから新たな視点を身につけてほしいと考えました。当初は戸惑うことも多かったと思いますが、やがて「先生、あいつ、すごく調子がいいですね」などと周囲をよく見ている発言が多くなったり、チームのことを積極的に相談にくるようになったり、精神的な逞しさが増したように思います。

 視野が広がると、考え方が多様になる。弱い心に囚われそうになった時にも、その他の選択肢を探せるようになる。人としての成長は、競技者としての成長ともつながっています。

2020年に向けて

 一歩前に進んだ萩野は2016年に入り、全日本選手権などで勝ち続け、五輪の切符をつかみました。それまで大きな大会で後塵を拝することの多かった瀬戸選手とのレースでも、臆することも怯むこともなく勝ちを重ねたのは成長の証だったと言えるでしょう。

 本番を迎えたリオ五輪では、競泳種目の最初の決勝種目として男子400m個人メドレーが行われました。予選では瀬戸選手をはじめとしたライバルたちが予想以上のいい泳ぎをしました。しかし決勝に向かう萩野は、そんな周りの状況に動揺する様子も見せず、前向きな姿勢を崩すことなく、スタート台に上がっていきました。彼自身が心の底から金メダルを獲得したいという気持ちで、自分に挑んでいったのだと思います。

 たぐいまれな才能を持ち、人一倍努力もする。そんな萩野が唯一の「短所」を克服して勝ち取った金色に輝くメダルは、彼の人生にとっても大きな自信となり、2020年の東京五輪に向けての大きな弾みになるはずです。

 チームジャパンにとっても、萩野や金藤選手が金メダルを獲得したことで、周りの若い選手にとっての身近な目標となり、僕も私も後に続けというモチベーションアップにもなったと思います。

 2020年に向け、1つでも多く金メダルを獲得するために、既に競泳チームジャパンは走り始めています。2017年も引き続きの応援をいただければうれしいです。よろしくお願い致します。