萩野の意識が変わる大きな転機となったのは、2015年の海外合宿でした。ご存知の方も多いと思いますが、合宿中に自転車で転倒して右肘を骨折し、同年にロシア・カザンで行われた世界選手権を欠場しました。

 萩野は子供の頃から国内外で活躍し、多くの人の期待を背負うエースとして注目され、常にトップを走ってきました。それがその年の一番大きな大会に出場できないというトラブルに見舞われて、彼が積み重ねてきた"成功の連続性"は絶たれてしまいました。

 リオ五輪を翌年に控えた世界選手権は、本番に向けてさまざまなことを試せるチャンスでもあります。いい記録で優勝し、自信をつけて五輪への弾みにすべき大切な機会でもあった。それを逃すのは、萩野にとってもコーチの私にとっても大きな痛手でした。

 成功の連続性が絶たれた不安。それを不注意な怪我で自ら招いてしまった情けなさ。彼にとってはこれまでにないほど精神的に厳しい状況にあったと思います。

きっかけはプールの外に

 しかし、ピンチはチャンスに変えなければいけません。落ち込む彼に私は「世界選手権に出られなくて格好悪いと思っているかもしれないが、ライバルに気持ちで負けることの方がよほど格好悪いんだよ。戦う前に気持ちで負けることの方が、よっぽどみっともないことなんだぞ」と言いました。

 彼はおそらく「周囲の期待に応えて、勝たなければならない状況にありながら、それができなかった後悔」を大きく感じていたのではないかと推察しました。しかし、そうじゃないんだよ、と私は伝えたかった。誰かの期待などではなく、自分の中から湧き上がってくる悔しさや、ライバルと戦って勝ちたいという気持ちこそが、自分の力を最大限に引き出すカギなのだということを、今こそ感じ取ってほしいと思ったのです。

 彼は素直に耳を傾けていました。悔しい思いをし、泳ぎたくても泳げない状態だったからこそ、私の言葉はいつも以上に彼の心に届いたように思います。

 また、彼が泳げない期間中、マネージャーと一緒にプールサイドでチーム平井の他の選手たちのタイムを計らせたりしました。さらに、東洋大学水泳部ではキャプテンに任命しました。そうして、「自分が泳いで結果を出すこと」に専心してきたエースには経験することが少なかったであろうことに取り組ませました。

 水泳部の次期キャプテンを決める際には、卒業する選手たちから「萩野はケガの治療や五輪で金を狙うことに集中させ、キャプテンを任せるのは止めた方がいいのでは」との提案がありました。

 しかし私は「萩野がやるべきだ」と話しました。キャプテンとしてチームのことを考える時間は一見、金メダルを獲るためには関係がなく、余計な負担がかかるように思えるかもしれません。が、彼にとってさらに一歩、大きく成長する良いきっかけになるはずだと考えました。