ロンドン五輪で銅メダルを獲得してからチーム平井に加わった萩野公介も、寺川とは学生と社会人という年齢や立場は異なるものの、五輪の銅メダリストというキャリアがある選手。私は寺川と同じように「短所克服」から取り組むことを意識しました。

思いと発言のズレ

 萩野の場合、「私やメディアに発言する内容と、彼の中で考えている内容にズレがある」ことが、リオ五輪での金メダル獲得を狙う上で克服すべき「短所」になるのではと感じていました。

 「金メダルを獲りたい」。目標を明確に掲げ、それに向かって邁進することに何の問題もありません。しかし、私にはそれが本当に心の底から何が何でも獲りたいと思っているようには見えなかったのです。

 それを感じたのは、ライバルの瀬戸大也選手に勝つとほっとしている萩野の姿を見た時でした。本当に心の底から金メダリストになりたいと思っているのなら、大きな大会で勝てば喜びがまず表れるもの。それが爆発するような表現なのか、静かな表現なのかはそれぞれですが、その喜びが次のステップへ進む糧となります。

 でも萩野は喜ぶというより、瀬戸選手に勝つ度にほっとした表情を見せていた。その姿を見た時、誰よりも自分が金メダルを獲りたいということではなく、ジュニアの頃から強く、周囲も期待しているから「僕は金メダルを獲らなければいけない」と思うようになっているのではないか。そのように感じたのです。

 どれほどの泳力があろうと、その力を、あらゆる重圧がのしかかる五輪の決勝の舞台で発揮するには、メンタルの強さが欠かせません。自分の体調を万全に整え、ライバルたちの調子などあらゆることを想定して万全の作戦を立てて臨んだとしても、勝負の世界に絶対はない。そんな中で勝つためには、周囲の期待から発する「金メダルを獲らなければいらない」という重荷ではなく、「何が何でも獲りたい」という自分の中から湧き出てくる強い力が必要です。

 それから私はことあるごとに、「本当に心の底から金メダルを獲りたいと思っているのか?」と萩野に問い続けました。

 事情を知らない人が見たらさぞや不思議な状況だったと思います。「リオ五輪で金メダルを目指す」と公言している選手に、「センターポールに日の丸を」と目標を掲げるコーチが、「勝つための技術」などを伝えるのではなく、「本当に金を獲りたいのか?」と苛立つように繰り返し尋ねているわけですから。

 技術的な短所の克服は、泳ぐ姿を見ながら指導し、その変化を確認できます。しかし、心の中のことは見えにくく、手取り足取りで修正できるものでもありません。だからといって、そのままにしておいては、どれほど技術を高めても、勝利はおぼつかない。

 これは地道に続けるしかないと考え、「本気か?」とひたすら問い続けました。「誰よりも自分が一番金メダルを獲りたい!」と萩野が本気で考えていると私が感じられるようになるまで、結局3年ほどかかりました。怒ってばかりの3年間でしたが、しかし、決して端折ってはいけない3年間であったと思います。