ですから、北島には学生生活や家庭での生活が、同年代の子たちと同じようにベースにあり、その上に競技生活がありました。そんな彼は人懐っこくて、どんな人とも態度を変えずに接することができます。競泳以外の友人も多く、好奇心があって視野も広い。だから、例えば壁にぶちあたった時に、競泳以外の世界にも相談できる人がいて、違う角度からヒントを得たり、気持ちを切り替えて前に進んでいくきっかけを得たり、自分をいたずらに追い込むことなく多様な考え方で問題を解決しようとする力がある。

“普通の生活”が育む根

 他方、ただ競泳一筋に、他のことをすべて犠牲にして、あるいは「余計なことはしなくていいよ」と特別扱いされながら練習を重ねて“早咲き”した選手の中には、ひとたびその道で迷いが生じたりアクシデントが起きると、対処する術を持てず、そこから浮上できなくなる。そんな例はいまも少なくありません。北島が様々な逆境やプレッシャーの中でもトップを走り続けることができたベースには、厳しい練習で培った自信、そして“普通の生活”から得た広い視野や柔軟な考え方があるように思います。

 植物の育て方のひとつに「水耕栽培」があります。土ではなく、水で育てる方法ですが、例えば、カイワレ大根などは綿状のものに水を染み込ませ、種をまくと、簡単に芽を出します。どんどん伸びて手軽に収穫できますが、自らが持つ養分のみに頼っての成長は限りがあります。植物工場などでは水に養分を混ぜて育てますが、そのメリットは雑菌のない環境で育てられること。農作物なら無農薬を売り物に出荷できますが、多様な環境で逞しく伸びていくようにしたい植物の育成にはマッチしないでしょう。

 選手たちには「水の中」での鍛練はもちろん、「土の上」でもしっかり根を張り、自らの幹を、どんな嵐にも揺るがないものにしていってほしいと思います。

 トップスイマーとなった大橋も競技を離れれば、“普通の女子大生”です。お笑い好きで、水泳以外の友達と過ごす学生生活も楽しんでいたようです。そうした「土の上」での時間が、「水の中」で懸命にもがきながらなかなか結果が出なかった“回り道“の間の支えになったのではないか。そんな風に思っています。そしてこれからさらなる高みを目指すにあたっても、それは支えになってくれるはずです。

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