(写真=長田洋平/アフロスポーツ)

 とうとう康介のコーチングが終わった――。
 北島康介が引退を表明し、私の中には達成感と寂しさが入り交じったような気持ちが湧きました。

静寂と称賛と

 4月に開催されたリオデジャネイロ五輪の選考会。康介が200m平泳ぎの決勝で五輪の切符を逃した瞬間、平日にもかかわらず3階までびっしりと席が埋まった辰巳競泳会場は、一瞬静まり返りました。

 そんな中、康介は五輪の切符を掴んだ選手を称え、自分への声援に礼を尽くすかのように、手を叩きながらゆっくりと観客席に近づいていきました。静けさから一転し、「北島、おつかれ~~!」「よくやった!」という声とともに大きな拍手が沸き起こりました。

 彼を待ち構えていたインタビュー会場では、涙する記者もいました。インタビューを終えた北島の後ろ姿を、記者たちは拍手で見送り、「新聞記者にこんな風に見送られる選手は、今まで見たことがない」と話していました。

 翌日、私は康介の隣に座り、引退会見が行われました。その後の数日間は、皆さんもご存知の通り、テレビや新聞などのメディアは北島引退の話題が数多く取り上げられました。

 康介とリオ五輪へ一緒に行くことができないことは、非常に残念です。5度目の五輪を目指し、自分の限界をも超えようとする彼の今回のチャレンジは、五輪出場に値するものだったと思います。100m準決勝では派遣標準記録も切っていた。しかし、わずかに届かなかった。では、何が足りなかったのか。それを考えることは、コーチである私にとっての新たな課題であり、今後の指導に生かしていきたいと思っています。

 それにしても、これほど多くの人々に惜しまれ、愛され、評価されて競技人生を全うした選手はあまりいないのではないでしょうか。長年、共に戦ってきた私にとっても誇らしいことであり、コーチ冥利に尽きます。こんな気持ちにしてくれた康介には改めて感謝したいと思います。

 今後はコーチと選手という関係を超えて、まずは旨いものでも食べながらいろいろな話をじっくりしたいところですが、あと90日ほどに迫ったリオ五輪に向けて万全の準備を進めている真っ最中。一献は五輪後の楽しみにとっておきます。